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拾玖

 ***

 地盤が崩れたかのような轟音が那野の耳に入った。那野は遠い星からマッハの速さで現実に戻ってきた。会場にいる一同が、揃いもそろって関心を芦切と那野からその音へと変えている。

 ―――何この音、地震?

 お、ようやくのお出ましか、と芦切はそれまで那野の頭をガッシリ掴んでいた手をあっさり放し、離れ際に泣くなよともう一度念押ししてから立ちあがった。

 な、何? 何が始まるの?

 答えを求めて芦切を見上げたが、腕を組んで二ヤリと笑ってただ立っているだけである。教えてくれそうにない。次第に大きくなっていく音に、那野は頬をひきつらせた。

 ―――何この茶番。

 那野は、自分が理解できる許容を遥かに超えた異常続きのこの事態に、なぜか何もかもが馬鹿らしくなってくる、という心理現象に陥っていた。本当にピンチなときに意味もなく笑い出したくなってくる、何もかもが馬鹿らしくなるような、そんな心理。

「――――…お前の夫、いや、妻?」

 と、ここで轟音がピタリと止まった。

「――芹何怜だ」

 空気の種類が変わった。異様な雰囲気を作り出していた芦切の比ではない。那野の体は小刻みに震えだし顔面は蒼白になった。色を失った唇は噛みしめられる。

 ―――知っている。那野はこの空気を知っている。嫌と言うほど、体は覚えていて、頭も覚えていて心にも刻み込まれていた。忘れるはずもない、それはつい昨日の記憶。瞬間的に蘇る感覚。

 桃花の顔を思い浮かべた。初めて見せてくれた笑顔を思い浮かべた。心配そうな、顔を思い浮かべた。

 ――――意外と、深かったみたいね。あんな見栄張っといて、馬鹿ね本当に。何が余裕なのよ、この様じゃない。

 襖が吹っ飛んだ。

 那野はその様を呆然とただ見ていることしかできなかった。判然としない頭で理解できたのは、吹っ飛んだ襖が、那野が気に入った竹取物語の挿絵のものだということ。

 那野は眺めた。ひしゃげた骨組みがむき出しになっていて、みるも無残な襖の成れの果て。その横には芹何怜。まさに怒髪天を衝くと言った様子。

 いつも、何をそんなに怒っているの。

 怜は一度会場中を眺めまわした。()めつけるような視線に、誰もが目を逸らす。ただ、この中にいる二人の人間だけは、まっすぐに彼を見据えていた。芦切と那野だった。芦切は満足そうにニヤリと笑い、那野は恐怖からか表情を失っていたが。それでも視線を逸らさなかったのは事実である。

 怜は最初に芦切を見て、それから那野へと視線を移した。その顔が、獲物を見つけたようなそれへと変わった。喉に絡みついた悲鳴に声を封じられる。

 来た。もう一人の主役が。やっと揃った。これでようやくお披露目という名の宴会が始められる。―――というような空気になるはずもなく。誰もが、たかが十代の若造に恐れをなして言葉を失っていた。

 これが、芹何怜か。会場中の人々が芹何財団の超えることなど到底不可能と思われているその一部、ほんの表面を垣間見た気がした。芹何怜でここまでの威圧感。―――その父親ともなると。

 今ここに、目的は達成せしめられたのだった。

 それはあくまで第二の目的だったのだが。

 芹何財団ともなると、多方面での活躍が世界各地で見られる。その中で、時は移り変わり人事・雇用ともに変わってゆく。芹何財団をよく知らぬモノが重役に就いた際、が起こらぬよう、こうやって示す必要がある。やり方は、どうだっていい。逆らうことなどあってはならない存在というものがこの世に存在するということが示せれば、それはどんな形であれ成功と言えるのだ。

 しかし、第一の目的である本当の意味でのお披露目会の方は、見たとおりこの様である。那野の夫と当主の補佐は遅刻し、やっと来たかと思えば補佐は妙な行動をとる。夫の怜は業腹な様子を隠しもしないで登場。本当に、不幸すぎる嫁、那野だ。振り回されてかき乱されて。

 怜は一歩、那野の方に向かって足を踏み出した。

 ズカズカと畳のへりもお構いなしに踏んで那野の方へと向かってきた。表情を失った那野は視線を下げることも体を動かすこともできない。ただ、壇上の上の座布団と一体になって、時が過ぎるのを待っている。怜が通るだろう道にいた人々は大慌てで逃げまどい、豪勢な料理は怜が蹴り上げたことによってひっくり返った。もう、無茶苦茶だ。

 あたりは大混乱。次期当主を、恐らくはここにいる全員が今日初めて見たのだろうが、失望は隠せないのだろう。大半の人が顔を青ざめ事の成行き見守っていた。あくまで、客観的に。

 怜が壇上の前に来た。軽く足を上げる。

 皆が、呆然とした。

 なんだ、普通に上がって座ろうとしているじゃないか。これは、余興か何かだったのか?

 皆が、それぞれ安堵のため息をつきかけた刹那―――

 壇上が吹っ飛んだ。そんなに軽いはずもない、その上には那野も乗っているのだから。怜が蹴り上げていた。ものすごい脚力だった。

 乗っていた那野はというと、到底この状況について行けるはずもなく。流されるままに後ろの壁に、壇上とともに激突した。壇上がぶつかった部分の壁がありえないくらいに変形する。パラパラと、元は壁だった破片が那野の頭に落ちてきた。

 那野は激しい痛みに首の骨を折ったんじゃないかとさえ思った。

そんな様子を今まで黙って見ていた人々は、その静けさが嘘だったように騒ぎ始める。


「嫁さんは大丈夫なのか」

「誰か助け起こせ」

「ここまでうつけとは」

「ひどいなこりゃしかし」


 けれど、誰も那野を助けるための行動を起こさない。腐り果てた現状がここにはあった。普通の人が持つべき良心が欠けていた。言葉だけの上っ面な大人たち。汚い部分が、目前に晒されている。


 頭を打ち付けた那野はぼんやりとする頭でそれでも何とか意識を保っていた。周りが怜に対する不信の声でいっぱいなのがわかった。

――――そして。

 先ほどから止まっていた事態は進展する。

怒号が響きわたったのだ。

 それは怜の口から発せられていた。


「…―――こいつは実家へ帰す。縁談は破棄だ!」

 

 絶望が、見えた。

恐れていた言葉をたて続けに言われた那野は、意識を、自ら手放した。

 ―――これで、お前は自由だ。そんな声が耳元で聞こえたが、那野は現実逃避をするようにしっかりと目を閉じたのだった。


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