拾肆
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す、ごい夢を見たわ。
那野は人生最悪の目覚めを体験した。
「あたし、いつの間に夢遊病者になったのよう!」
那野は寝癖で直角に曲がってしまった髪の毛をそのままに呆然と布団の上に座っていた。
今日あたしは、侍に宙に浮かされ、なぜかセミがあたしの頭の中に住んでいると言い張る侍は、武士の魂であるはずの刀であたしの髪の毛を掻きまわし、助けてやると言って、あたしはなぜか、泣いて喜んだ。という夢を見た。
あたしセミ嫌いじゃないわよ? 別に自分で追い払うし。助けてもらわなくても。というか泣いて喜ぶって…。あたしの性格とは似ても似つかない。しかも刀って! 怖いわよ! なんかゴツゴツしてて痛かったわよ! まぁ、なぜか、すごく優しかった気もするけれど。ああ、まあ、夢ダワヨ。
赤く腫れぼったくなったあたしのまぶたちゃんは無視するとしよう。
那野は人生最悪の目覚めをこうやって乗り切ったのであった。(全然ツッコミきれていない)
まぁ気にするな、である。
いつのまにちゃんと布団で寝たのかしらね。夢遊病って病気なのかしら。
那野はぶぉーっとそんなことを考え続けていた。できれば、このままずっとこうしていたい気分だった。
「旅の疲れはとれましたか」
そんな声が聞こえたのは、それから十分ほど経過した頃だった。依然と那野は一ミリたりとも布団から動いていない。
「…あ―――…。桃花ね」
「……? 失礼いたします」
桃花はいつもの袴姿で現れた。心なしか、不思議そうな顔をしている。
「那野さん? あの、まだお疲れですか。時間なら、まだありますので」
「いや、大丈夫よ。すごく奇妙な夢を見て、何か余韻が抜けなくてね」
「そうでございましたか」
桃花は神妙に頷いた。
「那野さん。一富士二鷹三茄子と申しまして」
「何を思ったか知らないけれどそれ、なんか違う!」
「え?」
「元旦限定よ! しかも富士山も鷹も茄子も出てこなかったわ」
「あ、そ―――――なのですか」
桃花、もしかして、教養が無いのかしら。少し気になった。
けれど、ここで詮索するような真似はしない。
「よし、起きますか!」
話題を変えるようにそう言って、那野は鈍痛がする頭を無理やり動かした。
「顔色も少々優れないようですが、くれぐれも無理をなさらないよう」
では、朝食はここにお運びします。と言って桃花は部屋を出ていった。
「ありがとう」
那野は桃花が出ていった扉に向けてそう言った。
わざわざ起こしに来てくれたようだ。生真面目な性格とはどんな時代でも、いかなる場所でもそれに見合った待遇を受けるべきだ、などと那野はそんなことを神妙に考えた。
まだ、すこし寝ぼけているのかもしれない。
それから、例によって豪勢な朝食、宮廷料理みたいな朝ごはんをいただいて、那野は桃花に連れられて、大広間へと来ていた。
天井やふすまには、恐らくは素晴らしいとされる屏風絵のような絵が美しく描かれていた。見ていて 飽きそうにない。竹取物語の挿絵のようなのが描かれているふすまを見つけた時は思わず心が弾んだ。
「今から二時間後に、こちらで芹何家親族方、芹何財団関係者を含めての那野さんのご紹介が行われます」
おぉ…。聞いてはいたが凄そうである。
「那野様には一番奥のあちら、に怜様と座っていただきます」
桃花はそう言いながら、その場所を手で指し示した。
そこには、二十センチばかりの高さがある立派な台が置かれていた。その上には二枚の座布団が置かれている。見るからに座り心地がよさそうな、ふかふかの座布団である。
「こちらから見まして、左手が怜様、右手が那野さん、というように座っていただきます」
那野は真剣に頷いた。
「そして、お分かりだとは思いますが、畳のへりは踏まないようにお気を付けください」
那野は神妙に頷いた。
「ご紹介は数分で終わります」
那野は頷いた。あれ?
「数分?」
「はい。あとは、那野さん、怜様は座っているだけです」
「あら、そうなの?」
意外な言葉に那野はポカンとした。だが、そっちの方が断然気が楽だ。那野は少しばかり、肩の荷が軽くなったような気がした。
「はい。皆様はお食事になります。まぁ、宴会ですね。那野さんにはそのために、先ほど先にお召し上がりになっていただきました」
「あぁ、だからあの宮廷料理ね」
那野は納得がいったというように大げさに頷いてみせた。
「はい、先ほどの朝食はここに並べられるお食事で那野さんが好きそうなのを私が拝借してまいりました」
は、拝借!?
「拝借って、桃花、言葉の選び方は結構重要なのよ」
笑いを噛み殺しながら那野はそう言った。
でもあたしは好きだわ。心の中ではそう言った。




