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拾壱

 それから那野は、自力で部屋に戻った。なんとなく、一人で帰りたかった。なんとなく、自力で部屋にたどり着きたかった。少し、意地になっていたのかもしれない。

 道順は覚えていた。頭ではなく、体が覚えていた。

迎えに来ると言っていた桃花には悪いことをしたわ。

 無事に自室に付いてから、那野はあまり広くない部屋を見回した。

あたしにすごく合ってる。 那野は(おも)った。


 それから、心配して飛んできた桃花に謝って、那野は桃花によって運ばれてきた、これまた豪勢な食事をとった。

 今は桃花がひいてくれた布団の上でおくつろぎ?中だ。

 今日一日、すごく、すごく濃かったわ。濃密な時間とでも形容するべきだろうか。

 そして那野は俗に言う、那野なりの夜のテンションになりつつあった。ここでいう那野なりの夜のテンションとは『ネガティブ』のことである。

 那野は突然立ち上がり、ゴソゴソと今日整理した桐たんすをまさぐった。

そして、手にとったのは―――――便箋(びんせん)だった。


 そのころ怜も、―――――夜のテンションになりつつあった。ここでいう怜のテンションは、―――柔和だった。




お父さんお母さん。私は無事に芹何家に着くことができました。安心してね。

突然ですが、理解ある夫を持って、私は幸せです。幸せ者です。




 那野は手紙を書き始めた。ここまで書いて、那野は手を止めた。そして、思案するように頬杖をついた。

 あー、あたしは、別の人になりたかったのね。

 その途端、先程の疑問の答えが、分かったような気がした。「あたし、なぜ、男なんて言ったのよ…」の答えが。

 

 

 この人は、あたしを知らない。そして、あたしと仲良くなれそうで。あたしを友達だと思ってくれそうで。そして、きっと思ってくれる。だから、知られたくなかった。知られたくなかったのだ。


 これからなるであろう、那野の無様な姿を。怜に土下座をするかもしれない。脅されるかもしれない。それに震えるかもしれない。いや、あたしは、無様に恐怖するだろう。やっぱり震えるだろう。生きたいと願うだろう。意地汚く、卑しく、自分を罵りながら、それでもあたしは生きるだろう。


 あたしは、ここでも別人を演じて、演じて。幸せな夫婦を演じて。

あたしは役者か。

 自分にツッコンでみた。

それは、ただただ虚しいだけだった。



 怜はゆらりと立ち上がった。

ギラリと光る、眼光は、狼のようで、ひどく恐ろしいものだった。そして、そんな怜が向かった先は、

 ――――――那野の部屋だった。



 那野は続きを考えた。考えた。考えた。でも、どうしても書けなかった。

那野は考え続けた。自分を押さえつけ続けた。


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