拾
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「那野さん。これから、お風呂はどうですか、その後お部屋にお食事をお運びいたします。そして明日は芹何家の皆みな様との顔合わせになります」
那野に、庭に行きたいとせがまれてから、数時間が経ち、桃花は自分の仕事を終えてから那野を迎えに行った。今、桃花と那野は、那野の部屋へ向かって歩いている途中である。
「どうですか、と言っておきながらあれね。なかなか強制的ね」
「…すみません」
図星のようだった。
「その通りにするわ。でも、桃花。少し気になっていたのだけれど、人少ないわね、この屋敷。こんなに広いのに、人口密度が低すぎるわ」
あぁ。そう言って桃花は頷いた。
「それはですね、今日まで皆様お休みだったのですよ。連休です。これでも明日の会合のために今、続々と集まっているのですよ。まぁ、でも那野さんの部屋とは別棟ですので会いにくいかと思われますが」
なるほど。那野は妙に納得していた。
あの青年も、きっとそうね。
「では、お着替えをお持ちください」
桃花は部屋に付いてからそう言った。
「バスタオルや、シャンプー、リンス、トリートメント、化粧水、乳液などのものは既に準備しておりますので、それらをお使いください」
那野は桃花に連れられてお風呂へと向かった。この家は、一人で行動するには無理がありすぎる。
「では、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
いつかの言葉を、桃花は再び言って、お辞儀をした。
もう、描写するまでもない。
それは、立派で荘厳で、那野は感嘆の声を漏らした。
「木のお風呂なんて、初めてだわ…!」
すごくいい匂いがした。木の、とてもいい匂いが。那野は何の木なのか分からなかった。
桃花にあとで、尋ねてみよう。密かにそう決意する。
お風呂は、――――それは広くて、綺麗で、秀麗で。いい匂いがした。
それは、何もかもを、忘れさせる力がありそうで。
那野は、那野は、
「馬鹿やろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
心からの叫びを、
叫びを、
悲痛な叫びを、
響かせた。
「あたしは、あたしは―――――――」
あたたかい湯気が、さながらお母さんの腕のようで。
つかった湯船は、お父さんの心のようで。
――――――こぼれそうになった、溢れそうになった。
那野はざんぶと頭ごとお湯につかった。
大丈夫よ。上手くやれるわ。
いつものように、いつかのように、自分を励ました。
那野は励まし続けた。
豪勢なお風呂から上がると、入口に『那野様御入浴中』という札がかけられていた。間違っても男性が入らないようにだろう。
…すごいわ。
那野は素直に関心した。




