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第4章 死人占い師⑤

「なぜだ。なぜ生きている、ミラルダ?」


 エルザ師匠は剣を構えたまま、『墓守りのミラルダ』を睨みつけた。


「お前には、確かに私がとどめを刺したはずだ」


 ミラルダの姿は、死体から蘇ったとは到底思えないほど血色が良かった。


 見た目の年齢は、十代の前半ほどだろうか。


 白い髪は左右で二つに結われ、怪しげな装飾が施されていた。両目の下には、涙の跡を思わせる刺青が刻まれている。


 身にまとっているのは、複雑な紋様で埋め尽くされた黒いドレス。


 スカートの裾から覗く細い足は、黄昏時の西日に長く伸ばされた影絵のように頼りなく、その異様さをいっそう際立たせていた。


 ミラルダは、悪戯がうまくいった子供のように、くすくすと笑った。


「ええ、そうよ。あなたが刺客として私に刃を突き立てた時、確かに私は死んだわ」


 楽しそうに、首を傾げる。


「でも、死んだのは私のもう一つの魂の方よ。こんなにうまくいくとは思わなかったけれど、皆、まんまと騙されてくれたみたいね」


 そう言うと、ミラルダはその場でくるくると回った。


 久方ぶりに取り戻した自分の身体を確かめるように、小さな足取りで軽やかなステップを踏む。


 その様子を見つめるアストラエアは、苦々しい表情を浮かべていた。


「あなた、自分の魂を分割したのね」


 深紅の瞳が、鋭く細められる。


「本物の魂の片割れを使って自分の死を偽装するなんて、狂ったあなたのやりそうなことだわ」


 ミラルダは足を止めると、困ったような仕草で頬へ手を添えた。


「あら。私はずっと正気のままよ」


 心外だと言わんばかりに眉尻を下げる。


「肉体を失って、さまざまな生き物の身体を転々としていた間も、私はずっと理性を保っていたわ」


 それから、アストラエアへ視線を向けた。


「むしろ、アストラエア。あなたの方こそ、正気とは思えないわね」


「何ですって?」


「同胞であるはずの魔女たちを弾劾裁判にかけて、次々と殺してきたのでしょう?」


 ミラルダは、愉快そうに微笑んだ。


「それでは、あなたもかつての魔女狩りたちと、やっていることは同じだもの」


「黙れ、腐肉漁りの死人占い師め」


 エルザ師匠の声が、低く響いた。


「お前は物事の善悪を見失った、ただの狂人だ。今さら、お前の持論など聞く気にもならない」


 灼熱の炎をまとった剣を構え直す。


「それよりも――」


 声が、怒りに震えていた。


「お前を復活させた渡り烏とは何者だ?」


 紅蓮の炎が、刀身の周囲で揺らめく。


「人間たちを襲い、お前たちのような存在を造り出して、いったい何を企んでいる?」


「渡り烏?」


 ミラルダは、聞き慣れない名前を口にするように繰り返した。


「ああ。あなたたちは、彼女のことをそう呼んでいるのね」


 納得したように頷く。


「さあ。彼女の目的なんて、私は知らないわ」


「知らないだと?」


「ええ。私はただ、彼女に魂の片割れをこの肉体へ戻してもらっただけだもの」


 ミラルダは両腕を広げ、自分の身体を見せつけるように一回転した。


「あとは、私の好きなようにするだけよ。もっとも――」


 魔女たちを取り囲む黒衣の襲撃者たち。


 そのうちの一体へ歩み寄ると、ミラルダは親しげに肩へ手を置いた。


「彼女がこの子たちを造り出したことには、何か意味があるのかもしれないけれどね」


 エルザ師匠の瞳が、わずかに細められた。


「どういう意味だ?」


「だって、この九体の魔女の遺体に入っている魂は、かの公王たちだもの」


 ミラルダは、楽しそうに目を細めた。


「かつて魔女を狩り、殺し続けた者たち。魔女たちの生き残りに引導を渡すには、この幽鬼たちは最適の役回りだと思わない?」


 そう言って、ぺろりと小さく舌なめずりをした。


 アストラエアの瞳に、強い光が宿った。


「なるほど」


 黒衣の襲撃者たちを見渡す。


「この亡霊たちは、かつての魔女狩りの公王なのね」


 視線が、黒い霧をまとった左手へ向けられた。


「魔法を無効化する王の黒い手を持っているのは、そういうこと」


 アストラエアは、静かに息を吐いた。


「まったく。渡り烏というのは、つくづく悪趣味な魔女ね」


「うふふ」


 ミラルダは、楽しそうに肩を揺らした。


「あなたの辛そうな顔を見るのは、とても愉快だわ、アストラエア」


 それから、わざとらしく周囲を見回した。


「さてと。この幽鬼たちを使ってあなたたちを殺すのは簡単だけれど、私が二百年ぶりにここを訪れたのは、とびきり大切なものをもらうためなの」


 ミラルダは大げさな仕草で、右手を差し出した。


「アストラエア。あなたが保管している、死んだ魔女たちの魂をすべて私に渡しなさい」


 細い指先が、ゆっくりと開かれる。


「そうすれば、あなたの命だけは保証してあげるわ」


「お断りよ」


 アストラエアは、間髪を容れずに拒絶した。


 エルザ師匠以外の魔女たちは、事情が分からない様子で一斉にアストラエアを見た。


 だが、彼女の剣幕を前に、誰も問いかけることはできなかった。


「この程度の脅しで、私が屈すると思ったのなら大間違いよ」


 アストラエアの声には、普段の柔らかさが微塵もなかった。


「それよりも、なぜあなたがそのことを知っているの?」


 ミラルダは再び、楽しそうに肩を揺らした。


「あら。保管庫のことなら、私はとっくの昔から知っていたわよ」


 そして、エルザ師匠へ視線を向けた。


「あなたは知らないようだけれど、エリーゼは保管庫の継承者として、最初は私を選ぶつもりだったの」


 炎の飛沫が、ミラルダへ向かって放たれた。


 しかし、命中する寸前に黒い霧の盾が広がり、火の粉をすべて受け止めた。


 エルザ師匠は右手の呪術の種火をミラルダへ向けたまま、青い瞳に怒りを燃やしていた。


「ふざけたことを言うな」


 低く、押し殺した声だった。


「母が、そのような重要な役目を、お前に託すはずがないだろう」


 再び、紅蓮をまとった剣を構え直す。


「二度は言わない」


 刀身を包む炎が、激しく燃え上がった。


「今すぐ、その幽鬼たちを連れて立ち去れ」


 エルザ師匠は、ミラルダを真っ直ぐに睨みつけた。


「さもなければ、私は自滅を覚悟してでも、貴様らをここで葬る!」


 書棚の陰から魔女たちの戦いを見ていた私は、その時、不思議な衝動に突き動かされた。


 このままでは、エルザ師匠があの魔法を使ってしまう。


 アストラエアが止めた、魂を使い切るという魔法を。


 気づけば、私は書棚の陰から飛び出していた。


「駄目です、エルザ師匠!」


 声の限りに叫ぶ。


「その魔法を使わないでください!」


 エルザ師匠は突然私の声が聞こえたことに驚いたようだった。


 すぐさま、怒鳴り声が返ってくる。


「馬鹿者! 隠れていろと言っただろうが!」


 ミラルダはエルザ師匠たちへ顔を向けたまま、左手だけを私へ向けた。


 手招きをするように、指先が動く。


 次の瞬間。


 見えない何者かに首を掴まれた。


「ぐっ……!」


 身体が宙へ引かれる。


 私は床へ爪を立てたが、抵抗することもできず、ずるずるとミラルダの足元まで引きずられていった。


 ミラルダは視線だけを下げ、床に転がる私へ微笑みかけた。


 その瞳を間近で見て、背筋が凍った。


 大きく開いた瞳孔は、黒く濁った沼のようだった。


 どれほど覗き込んでも底が見えない。


 この世の人間が持つ目ではなかった。


「ずいぶんと可愛らしいお客さんね」


 ミラルダは、楽しげに囁いた。


「それに、人間の子供がこんなところにいるなんて、魔女集会が始まって以来のことではないかしら?」


 そう言うと、子猫でも拾い上げるように、私の首を片手で掴んだ。


 そのまま、軽々と持ち上げる。


「う、ぐ……!」


 気道が塞がれ、空気が肺へ届かなくなった。


 脳が生命の危機を訴えるように、頭の中で激しく脈打つ。


 背後からエルザ師匠が何かを叫んでいた。


 だが、よく聞こえない。


 それとは反対に、目の前で囁くミラルダの声だけは、頭の中へ直接流れ込むように鮮明だった。


「坊や。とても良い色の魂を持っているわね」


 底のない瞳が、私の奥底を覗き込んでいた。


「深淵の底に潜む住人たちのように、どこまでも暗くて、甘い」


 うっとりとした声だった。


「とても、とても良い色よ」


 細い指が、私の首へ食い込んでいく。


「こんなに素敵な魂が、人間のままの姿だなんてもったいないわ」


 ミラルダは、人形をあやすように私の頭を撫でた。


「私が魔女の遺体を用意してあげる」


 頬へ触れる指先は、氷のように冷たかった。


「そうすれば彼女が、きっと坊やを素敵な幽鬼へ変えてくれるわよ」


 意識が遠のいていく。


 目の前の景色が暗く狭まっていく中で、それでも強烈な感情が私の身体を動かした。


 私は首を掴むミラルダの手へ爪を立てた。


 食いしばった歯の隙間から、残された空気を絞り出す。


「ゆる……さない……」


 声にならない声を吐き出す。


「お前も……渡り烏も……!」


 ミラルダの手へ、さらに爪を食い込ませた。


「必ず……殺す!」


 ミラルダは怒るどころか、恍惚とした表情で私の目を覗き込んでいた。


「暗い魂が燃えているわ」


 甘い声が、耳元で囁く。


「もしかしたら、あなたは不死人の王になれる素質も――」


 意識が闇へ落ちる寸前。


 ミラルダの背後に、黄金の閃光が走った。


 次の瞬間。


 瞬きをする暇もなく、轟音と旋風が私の身体を呑み込んだ。


 ミラルダの指が首から離れた。


 私の身体が宙へ放り出される。


 そして気づいた時には、エルザ師匠の腕の中に収まっていた。


「無事か、ラルフ!」


 私は激しく咳き込みながら、どうにか頷いた。


 身体を起こそうとした瞬間、エルザ師匠が私の頭を押さえつけた。


「不用意に動くな!」


 微かに興奮した声で、鋭く言い聞かせる。


「竜狩りの大矢を食らえば、人間の身体など一瞬でばらばらになるぞ」


 私は頭を伏せたまま、わずかに目だけを上げて周囲を窺った。


 先ほどまで魔女たちを包囲していた幽鬼たちは一斉に散開し、書庫の入り口へ向けて黒い霧の盾を構えていた。


 突然、糸を弾いたような甲高い音が響く。


 次の瞬間。


 嵐の夜の突風を思わせる轟音とともに、一体の幽鬼が木の葉のように宙を舞った。


 その身体には、巨大な鉄の矢が突き刺さっている。


 幽鬼を射抜いた射線の先。


 そこには、鈍い金色に輝く鎧をまとった魔女が立っていた。


 手にしているのは、射手本人の背丈の二倍はあろうかという、長大な弓。


 その周囲には、雷光にも似た黄金の煌めきが散っていた。


「遠慮はいらないわよ、エオウィン!」


 背後から、アストラエアの声が響いた。


「この汚らわしい者たちを蹴散らして!」


 全身を黄金の鎧で固めた魔女――『竜狩りのエオウィン』は、静かに頷いた。


 すぐそばに立てかけられた巨大な矢筒から、次の一本を引き抜く。


 それは、もはや矢と呼べるものではなかった。


 大人の腕ほどの太さを持つ、長大な鉄杭。


 エオウィンはそれを軽々と大弓へ番え、大きく引き絞った。


 再び、糸を弾く音。


 放たれた大矢は空気を打ち砕き、正面にいた幽鬼を黒い盾ごと吹き飛ばした。


 その威力を目の当たりにした幽鬼たちは、短剣を手に、一斉にエオウィンとの距離を詰めた。


 エオウィンは大弓を床へ放り出すと、接近戦用の得物へ手を伸ばした。


 黄金の閃光が走る。


 次の瞬間、一斉に斬りかかった幽鬼たちは、まとめて書庫の壁まで吹き飛ばされていた。


「やれやれ」


 エオウィンは、呆れたように肩をすくめた。


「大層な脅しをかけておいて、この程度の戦力かい?」


 その手には、牛の胴体すら一撃で断ち切れそうなほど巨大な斧が握られていた。


 エオウィンは竜狩りの大斧を肩へ担ぎ直す。


「王の黒い手を持ち出したのは良い考えだったけれど、死体を使った幽鬼の力など、たかが知れているね」


 壁際へ吹き飛ばされた幽鬼たちは深手を負ったらしく、誰一人として満足に立ち上がることができなかった。


「ありがとう、エオウィン。助かった」


 エルザ師匠は私を抱えたまま立ち上がり、書庫へ歩み入ってきたエオウィンへ声をかけた。


 竜狩りの魔女は兜を脱ぐと、頭を軽く振った。


 美しい金色の髪が、宙を舞う。


「礼を言うなら、アストラエアへ言ってくれ」


 エオウィンは、大斧を肩へ担いだまま答えた。


「彼女は今日の集会で何者かに襲われることを見越して、私を外へ待機させていたんだ」


 そのまま、ほかの魔女たちの方へ歩いていく。


 エルザ師匠は床へ倒れた幽鬼たちを警戒しながら、私の肩を抱いた。


「怪我はないか?」


「ありません、エルザ師匠」


「そうか」


 私の顔を覗き込む。


「ミラルダに、何かされたか?」


 私は、ミラルダの底なしに暗い瞳を思い出した。


 だが、特に身体へ異常は感じられない。


「多分、何もされていないと思います。でも――」


 最後まで言い切る前に、アストラエアがエルザ師匠を呼んだ。


 魔女たちが取り囲む輪の中央。


 そこには、ミラルダの身体が転がっていた。


 腹部には、竜狩りの大矢が深々と突き刺さっている。


 少女のように華奢な身体は、壊れた人形のようにねじれ、手足は関節からあり得ない方向へ曲がっていた。


 それほどの状態でありながら、ミラルダの口からは、まだ細い呼吸音が漏れていた。


 私は思わず目を背けた。


 しかし、アストラエアたちは冷徹な表情で、死人占い師を見下ろしていた。


「やられたわ、アストラエア」


 ミラルダの声は苦しげだった。


 それでも、不思議なほど落ち着いている。


「私が来ることを、予想していたのね?」


「そうね」


 アストラエアは静かに答えた。


「あなたが現れるところまでは予想していなかったけれど、渡り烏が何らかの刺客を送り込んでくるとは考えていたわ」


 そして、ミラルダの前へ屈み込んだ。


「それよりも――」


 アストラエアは、おもむろにミラルダの頭を掴んだ。


 もう一方の手に持つ短剣を、その喉元へ押し当てる。


「渡り烏について、あなたが知っていることをすべて話しなさい」


 深紅の瞳に、冷たい光が宿る。


「そうすれば、楽にしてあげるわ」


 ミラルダの喉の奥で、くっくっ、と音が鳴った。


 私には、それが笑っているように聞こえた。


「彼女について、私から話すことなんて何もないわ」


 歪んだ身体のまま、ミラルダは微笑んだ。


「彼女は、ただ私たちを復活させただけ。それだけよ」


「本当に、それだけだと?」


「ええ」


 ミラルダは平然と答えた。


「あなたたちを襲ったのも、死んだ魔女たちの魂を求めたのも、すべて私の意思だもの」


 エルザ師匠はアストラエアの隣へ立ち、ミラルダを見下ろした。


「貴様が渡り烏について何も知らないというのなら、それは構わない」


 剣先を、ミラルダへ向ける。


「だが、やつの居場所だけは吐いてもらうぞ」


 炎を帯びた刀身が、低く唸った。


「さもなければ、貴様の残された魂を、混沌の炎の中で永遠に焼き続けてやる」


 ミラルダは、また喉の奥を鳴らした。


「まるで、この私を屈服させたような言い方ね、エルザ」


 底意地の悪い笑みを浮かべる。


「さすがは、一国を滅ぼした魔女。威厳だけはあるわ」


 エルザ師匠の表情が強張った。


「だけどね――」


 私は、折れ曲がったミラルダの腕が、わずかに持ち上がるのを見た。


「私が、この程度で死ぬと思ったのなら、大間違いよ」


 アストラエアが息を呑んだ。


 慌てたように、短剣を一閃する。


 ミラルダの喉が切り裂かれた。


 しかし、傷口から飛び出したのは鮮血ではなかった。


 重油のように粘ついた、真っ黒な液体だった。


「ラルフ!」


 私は再び、エルザ師匠の腕の中へ引き寄せられた。


 師匠の腕の隙間から見えたもの。


 それは、ミラルダの身体をはじめ、書庫内に倒れていた幽鬼たちの身体が一斉に膨れ上がり、破裂する光景だった。


 肉体が弾ける。


 だが、血も肉片も飛び散らない。


 代わりに、黒い液体だけが書庫の中へ撒き散らされた。


「卑怯者め! 逃げる気か!」


 エオウィンが一喝した。


 しかし、弾け飛んだ黒い液体はすでに一つの流れとなり、書庫の外へ向かって殺到していた。


 遠い山彦のように、死人占い師の声が書庫の中へ響く。


「残念だけれど、今回は諦めるわ」


 黒い液体が、床や壁を這う。


「またお会いしましょう。魔女集会の皆さん」


 そして――。


「それから、可愛らしい人間の坊や」


 その声が響いた瞬間。


 私は、渓谷の底へ置き去りにされていた棺から向けられた、あの視線と同じ感覚を覚えた。


 姿の見えない何者かが、私の魂の内側を覗き込んでいる。


「エルザが、なぜあなたを連れているのか。私には分からないけれど――」


 甘く、嬉しそうな声が続く。


「あなたは、とても素敵な素材よ」


 エルザ師匠の腕に、強く力がこもった。


「いつか迎えに来てあげる」


 黒い液体が、扉の外へ流れ出ていく。


「だから、私のことを忘れないでね」


 エルザ師匠は即座に右手を突き出し、流れていく黒い液体へ呪術の炎弾を放った。


 幾つもの火球が着弾し、床を焼く。


 それでも黒い液体は、甲高い笑い声とともに書庫の外へ流れ去り、跡形もなく姿を消した。


「やられたな」


 傷ついた左腕を押さえながら、フェルミが悔しそうに唇を噛んだ。


「まったく。逃走の手筈まで整えていたとは」


 黒く汚れた床を睨みつける。


「ミラルダらしいと言えば、それまでだが」


「渡り烏とやらは、厄介な魔女を復活させてくれたものだわ」


 マリアは、負傷したケリーへ治癒魔法をかけながら呟いた。


「よりによって、死人占い師だなんて」


 手のひらから放たれる淡い光が、ケリーの傷口を包んでいた。


「これで単純に、人間の敵が一人増えたということね」


「そうね」


 レインは、破壊された書庫を見回した。


「ミラルダだけではなく、あの幽鬼たちへの対策も必要になる。かなり厄介な問題だわ」


 それから、破られた天窓を見上げているアストラエアへ視線を向けた。


「それよりも――」


 レインの声音が、鋭くなる。


「アストラエア。あなたは私たちに、説明するべきことがあるのではないかしら?」


 エルザ師匠も黙ったまま、アストラエアへ目を向けた。


 魔女集会の長は、天窓から降り注ぐ光の中に静かに立っていた。


 白い衣が、柔らかな光を受けて浮かび上がっている。


 だが、その表情は暗かった。


「あなたの言うとおりよ、レイン」


 アストラエアは、ゆっくりと魔女たちを見回した。


「私には、魔女集会の皆に秘密にしていたことがあるの」

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