六曲目「GLASSY SKY」
「府雨の音楽記憶」六曲目「GLASSY SKY」
ドナ・バーク
なのはのレイジングハート。の声優さん。歌手。
大学時代によく聴いていました。
朝の光が見える頃に眠りにつき、午後4時に起きる生活。崩壊と言っても過言ではない。
今? 朝5時に起きて、夜8時に寝ています。
仕事というのは実にいいものです。
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病院の先生に「何かやることを作らないと起きれないよ」と言われて、その時は「は?」と思ったものですが、現況を鑑みるとそれが本当だったのでしょう。
眠くて。
薬が重たくて。
双極を完全にコントロールできていたわけでもないし、入院も都合7回くらいした。
どうしようもないのでしょう。
双極が好発するタイミングだったのでしょう。
大学の勉強は「やらなくてはいけないこと」ではなかった。それは僕にとって大きな事実です。
先生から「眠れないなら本でも読んだら?」と言われ、もちろん「読めたら苦労しねーよ」と思い。
今? 寝る前に読んですやぁ。
病気って時間が解決する側面もあるんだなぁ。
物理的なものだから、意味とか認知とかでそんなに簡単に変わらない。仕事を始めたら一発とは言わないまでも、三年くらいごとにステージが変わる。
大学時代。
病気との付き合い方もわからずに、夜12時にベッドに入っても四時間は眠りが訪れない。
その間に聴いていたのが「GLASSY SKY」だったり「戦場のメリークリスマス」だったりする。
薬のせいか、悲しさとかもなくて、ただただ苦痛な時間が続く。
まるでどこかに大切な人を置いてきたみたいな意識に上がらない心配を抱えているみたいに。
眠れない。
長い間眠れないと、軽く絶望するのに、絶望を感じることもできないくらい、心が麻痺している。今でもそうだけど。
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もちろん「ON MY OWN」も聴いていました。
囲碁動画とか見てた。藤沢女流を眺める日々です。
サークル木曜会には助けられました。
とりあえずやることが午後6時にあるから、それなら行けた。小説も書けたから、たくさん書いて講評をもらえた。
とりあえず、小説を書くことが僕の今やりたいことなのだと、その時は思っていた。時間はたくさんありました。
浪人時代からずっと、小説ばかり書いているけれど、たぶんそれは病気で失われた自分の意味を補充し自分の形を補修する、とても重要な営みでした。
今でも会う年下の仏文の先輩とか、今でも日本に来てくれる時は会うイギリスの留学生とか、月一で通信する工学部の友達とか、かけがえない人ばかりです。
そういう人の中で安心するのは、僕の本質的なところを、皆さんによくわかってもらえていることです。
よく話しているという以上に、よく見てもらっている。
理解されていないと思ったことはない。
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孤独だと思ったことは、ないかもしれないです。
寂しいという心細さも、音楽が埋めてくれる。
音を聴くと、その時は音になれる。
小説を書くと言葉になれる。
人間という体から抜け出して、意識が純粋になる。
時間を数えるという行為を繰り返すだけで、人は簡単に壊れ、長い時間をかけて強くなる。
再構築する時だったのかも。
そのままでは病気に勝てないから。
戦うためと思わずに、勘違いしながら戦っていたのです。




