二曲目「純白サンクチュアリィ」
「府雨の音楽記憶」二曲目「純白サンクチュアリィ」
茅原実里
アニメ「キディ・グレイド」の次回作(実際に放映されることはなかった)の先行映像で使われていた音楽。
キディ・グレイドは言わずと知れた?名SFアニメで、僕の中では最高のアニメ。
平野綾がリュミエールを演じていた。
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キンキンに冷えたメロディラインが好き。
この曲をテーマにした茅原実里のアルバムは何作かあるけれど、みなさんあまりこの曲を評価していない気がする。
中学時代にYouTubeでキディ・グレイドを観た時は、鳥肌が立った。
主人公のエクレールは、どこかMADLAXの主人公と体格が似ている。どうでもいいけど。
あの茅原実里の声が熱狂を持って受け入れられた時、僕はもちろん「ハルヒ」も「みなみけ」も読んでたし観ていたけれど、違和感が少しあった。
あの無機質な声が受け入れられるのはどうしてだったんだろう。
あの時、人間を測る尺度は、単純にキャラクターと能力だった。
僕らは、レールガン的学園都市にいて、スキルと知力で世界を切り拓く。
らしかった。
序列は好きだったし、野心があった。
そして「最初から」強かった。
長門のように。
大人の矛盾満ちた発言を逐一記憶しながら、あんな惨めな人間にはなるまいと心に誓った。
僕らは「東大」と口にするだけで東大に入れた。
言葉にはなんの意味もないと思っていたからよく「殺す」とか「死ね」とか言っていた。
怖いもの知らず。と言えばそうか。
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アニメ「喰霊-零-」のオープニングも茅原実里だった。
アニメには、いろんな人間関係がある。
突拍子もない、現実にはありえないのに、アニメの世界の中では成立している関係。それも、より生き生きと成立している人間関係を見た時、僕は現実に少し絶望した。
今になれば、人間関係なんてどうとでもなるし、多様な関係が現に存在していることを理解している。
アニメを乗り越えなくてはならない。
アニメは過程を省略することがある。
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僕は中学高校の時に、漫画を2000冊ばかり持っていて、ラノベも300冊くらい読んでいた。
帰って寝ながら読んで、寝落ちする日々だった。
恵まれていると思う。物質的にはとても豊かだった。
漫画の物語を吸収して「見方」というものを教わった。
世界の見方。
それは僕が後から病気になった時に灯台の光となって岸辺を照らし続けた。それを頼りに僕は、揺れ動く精神を抱きながらも、帰る場所を常に思い浮かべられた。
指針のない航路。あやふやな自意識。
音楽は、僕が渋谷のツタヤで漫画を買っていたことを思い出させてくれる。
宮益坂のビックカメラの隣の、今はもうない本屋で、たとえば森薫の「エマ」を見た時の、あの不思議な感覚。なんとなく覚えている『ノルウェイの森』の表紙。
そういえば渋谷にはたくさん本屋があった。
代々木八幡からバスに乗って渋谷へ行って、TSUTAYAの漫画コーナーで漫画を探す。「BLACK LAGOON」の日本編のあのひんやりとした雪の感じと、血の滲む傷の熱さが、なんとも言えず忘れられない。
TSUTAYAの地下一階から八階に移った大きな漫画コーナーがもうないのは、とても残念。
渋谷は僕の地元で、中学のクラスメイトと話していたのは、「スクランブル交差点を誰よりも速く歩いて渡れる」のが渋谷っ子だということ。
僕はセンター街に用事はなかったけど、母がご飯を渋谷でということが多いから、よく渋谷に出た。
結構好きなのは魚山亭という東急本店近くの宮崎料理屋さんで、チキン南蛮を食べるのが好きだった。
物質的には豊かで、友達もいたから被害者面するのはよくないかもしれないけれど、母がご飯を作ることはなかったし、作っても皿洗いは僕がやった。
中学の時は洗濯も僕がやっていた。
皿洗いと洗濯って、子どもには応える仕事だよなぁ。
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文句の一つも言えばよかった。




