第1話:世間知らずな少女は錬金術師
露店を構える同業者が続々とやってくる朝の騒がしい時間帯だった。
売り込みの声があちらこちらから響き渡る商店街で、俺はその少女と出会った。
「エルネストさーん!エルネストさんはいますかー?」
俺を呼んでいるのは誰だ?
露店を開いていた俺は、声の聞こえた方角へと目を向ける。
するとそこには、鮮やかなフリルドレスを身にまとう可愛らしい少女の姿があった。
ふんわりとした栗色の髪を大きなリボンで束ねている彼女は、おそらく貴族だろう。
服装だけで判断したら10歳未満の子供にも見えるが、容姿からして13~15歳だろう。
「エルネストなら俺だが、どうかしたか?」
俺は声の主に話しかけた。
少し浮いた印象の少女だが、悪い人間ではないだろう。
「これを鑑定してくださーい!」
少女は俺と目が合うなり、勢いよく鑑定を頼み込んできた。
カバンから取り出されたその液体は世界各地で流通しているポーションだ。
しかし、その色は青黒く濁っており、一目で分かるほど不純物が多く含まれていた。
もし飲んだら何が起こるか分からない。
「これはどこで拾ったんだ?」
「私が作ったんだよ!」
「作っただと?」
「うん!」
まさか彼女は錬金術師なのか。
錬金術の素養は生まれながらのものであり、その素養がある者は全人口の約0.01%しかいないと言われている。
たとえ今はその才能が芽生えていなくとも、今後を見据えて関係を深めておく価値はあるだろう。
「それでさ、このポーションはいくらで売れるのー?」
「……」
少女は期待に満ちた瞳で俺を見つめるが、ここは無価値であると正直に答えるしかない。
周囲から評価されている鑑定能力は相手を丸め込む交渉の道具ではない。
好感を得るために偽りの鑑定結果を伝えていたら、いつか商人としての信用を失うだろう。
「0ゴールドだ」
「なんでー、一生懸命作ったのに!」
「お前はそのポーションを自分で飲めるか?」
「……飲みたくない」
「それが答えだ」
貧しい平民の客が相手なら、こんな得体の知れない液体でも買うと思っていたのだろうか?
いくら何でも舐め過ぎだ。
「う~、どうしよう……」
少女はその場にうずくまる。
どうしようもない失敗作を無価値と言われただけで、そこまで凹むことだろうか?
そんな疑問を感じていると、一人の男がこちらに向かってきた。
俺と顔馴染みの商人であるラウゴだ。
「おい、そこの小娘!つまみ食いしたパンの代金を支払え!」
「うわーん、助けてー!」
少女は俺に泣きつく。
……パン代くらい自分で支払えよ。
「お前の両親はどうしたんだ?」
「お家にいる」
どうやらこの少女は勝手に家を飛び出した挙句、帰り道も分からないらしい。
路銀もすでに尽きていたようだ。
こんな失敗作に値打ちを求めていたのはそのためか。
ラウゴは悪人ではないが、盗人にはきっちり落とし前をつけさせようとする人間だ。
大目に見ることはしないだろう。
「エルネスト、こいつはお前の知り合いか?」
「いや、俺は鑑定を求められただけだ」
「まっ、そうだよな」
俺に貴族の知り合いがいないのは周知の事実だ。
もちろんラウゴもそのことを知っている。
「おい小娘!支払えねぇってんなら体で清算しな!」
「ラウゴ、その言い方は誤解を招くぞ」
「おっと、いけねぇ」
ラウゴは仕事の手伝いをしろと言っているに過ぎない。
顔馴染みの俺だからこそ彼の意を汲めたが、少女が嫌がるのも無理はない。
「やだやだ!私は錬金術をやりたくて家を出たのー!」
だが、少女の返答は同情心を遠のかせるものだった。
明日を生きられるかすら怪しい状況で、錬金術をやりたいとか言っている場合ではないだろう。
「お前、役人に突き出すぞ!」
「やだやだー!」
少女は役人に突き出すと言われても尚、駄々をこねるだけで適切な対応を取ろうとしない。
「……」
この状況は好機かもしれない。
少女は家に帰るつもりがない。
しかも錬金術をやりたい一心で家を出てきたのだ。
ならば、その願いは俺が叶えてやる。
商品と呼べる代物を作れるようになるまでは、金食い虫にしかならないだろう。
だが、世間知らずな少女はどれだけ優れた技術を会得しても、自分自身の価値に気づくとは思えない。
錬金術師としての技術料だって求めないだろう。
だから錬金術の腕を磨く補助ができれば、俺に莫大な利益が舞い込むことが期待できる。
よし、まずは恩を売っておこう。
「ラウゴ、損失額はいくらだ?」
「200ゴールドだ」
「そのくらいなら、代わりに俺が払ってやる」
「はっ?」
ラウゴは俺の言葉に驚く。
彼は俺が善意で他者を助ける人間ではないと知っているからだ。
「エルネスト、何のつもりだ?」
「先行投資さ」
「お前はこいつが錬金術師だって信じているのか?」
「ああ」
「マジかよ……」
自分の作った道具の価値を示したくて必死だったのだ。
本物の錬金術師と考えるべきだろう。
それにたったの200ゴールドなら、失うだけで終わっても構わない。
期待できる利益に対して、投資金額があまりにも安いからだ。
「受け取れ!」
「悪いな」
「気にするな、先行投資の一環だ」
ラウゴは俺から200ゴールドを受け取ると、ゆっくりとした足取りでその場を去っていった。
向かった方角からして、酒場にでも行くのだろう。
「ところでお前の名前は?」
「サリア・アルケライトです」
「……」
家名まで名乗らなくていいんだよ!
パン泥棒をした貴族なんて知れ渡れば、家名に泥を塗ってしまうのは言うまでもない。
サリアはそんなことも分からないらしい。
「詳しいことを聞きたいのだが、ここで話せばお前に不利益が生じるかもしれない。だから俺の家まで同行してもらって構わないか?」
「うん、分かった」
サリアに俺を警戒する様子はない。
もっともこれまでの態度からして、俺を信頼してくれたわけではないだろう。
彼女は人を疑うことを知らないのだ。
俺は露店を畳むと、サリアと共に自宅へと向かった。
目を離した隙にはぐれたサリアに、余計な時間を取られながら……




