第7話「好きでした、今さら」
二日目も、リュカとエマさんは来た。
昨日は特に険悪になることもなく、三人でのんびりお茶を飲んで帰っていった。エマさんは庭の薬草に興味を持ってくれて、いくつか名前を教えた。ミント系の葉を手のひらでそっと触れて、においを嗅いで「きれいな緑色ですね」と言った。薬草をそういう目で見てくれる人は好きだ。
今日は何か言いそうだと、朝から思っていた。
昨日のリュカは言おうとして何度も飲み込んでいたから。眉の動きで分かる。七十年経っても、あの癖は本当に変わらない。変わらなさすぎて、少し笑えるほどよ。
「レナ」
縁側に並んで座ってしばらくして、リュカが切り出した。
今日は先にエマさんが「ちょっと台所をお借りしてもいいですか」と言って、お茶の準備を引き受けてくれていた。気を使ってくれているのだろう。そういうことを自然にできる人だと思った。
「なに」
「ずっと、言えなかったことがあって」
「謝罪の話なら昨日も言ったけれど、別に気にしてないわよ」
「それとは違う」
リュカが庭を向いたまま言った。手が、膝の上で少し動いている。指が開いて、また閉じた。
「俺は……ずっと、あなたのことが好きだった」
しんとした。
庭でジジが何かを追いかけているのが見えた。小さな虫だろうか。しっぽを低く構えて、ゆっくり歩を進めている。追う気があるのかないのか、どうにもやる気のない狩りだった。
「好きだった」リュカが続けた。「言えなかった。あなたは王子と婚約していたし、俺は辺境の小貴族で身分も違った。それに何より、あなたはいつも遠くを見ていて、俺の方なんか向いてなかった」
「そうだったの」
正直に言った。感情を殺したわけでも何でもなく、本当にそのままの反応。思い出の中のリュカを探してみたが、やはり「気づかなかった」という事実しか出てこない。
「……そうだったの、か」
リュカが、少し拍子抜けした顔をした。もっと違う反応を予想していたのかもしれない。眉が情けない形に下がって、どこか子どもみたいな顔になった。七十過ぎてその顔ができるのは、ある種の才能よ。
「怒らないのか」
「怒る理由がないわ。あなたが好きだったのはあなたの話でしょう」
「でも言わなかった。結婚もしなかった。あなたが断罪されたとき、俺は何もできなかった」
「リュカ」私は言った。「それはあなたの罪悪感の話よ。私の話じゃない」
彼が黙った。視線が庭の一点に固まって、動かなくなる。
「好きだったなら好きだったで、それはそれでいいじゃない。言わなかったのも、あなたなりの理由があったんでしょう。エマさんと結婚したのも、ちゃんとした気持ちがあってのことでしょう。全部ひっくるめて、あなたの人生なんだから」
「……そんなふうに言えるのか」
「言えるわよ。もう七十過ぎてるんだから」
本当のことを言えば、ほんの少しだけ驚いた。
そんな気持ちを持っていたとは思っていなかった。あの頃の私は、自分のことでいっぱいいっぱいだったから。王子との婚約と断罪のフラグと辺境送りの予感と——頭が満杯で、他人の恋心まで処理する余裕はなかった。
でも驚きはすぐに収まった。
今さらだし、どうにもならない。お互い老いていて、リュカには妻がいて、私には猫がいる。どうしろというのか。おかしいわね、本当に。
台所からお茶の香りが漂ってくる。ほうじ茶だろうか。香ばしくて温かいにおいがした。縁側の朝の光と合わさって、妙にのんびりした空気になっている。なんか変な感じの朝ね、とジジの方を見たら、ジジはもう眠り始めていた。空気が読めているのか読めていないのか、本当によく分からない猫だ。
「七十になってから言うの、なかなか勇気があるわよ」私は言った。「ちょっと笑えるけど、まあ、悪くないんじゃないかしら」
「笑えるか」
「笑えるでしょう。嫁さん隣の部屋にいるのに」
リュカが困ったような顔をした。それからふっと息を吐いて、少しだけ笑う。肩から力が抜けた。
「そうだな。我ながら、なんやっているんだという気はする」
「でも言えてよかったんじゃないの。ずっと言えないままだったんでしょう」
「……ああ」
「胸のつかえが取れたなら、それでいいじゃない」
リュカがまた黙った。今度は違う黙り方だった。さっきより、少し軽い沈黙。庭の草が風にそよいで、縁側に朝の空気が入ってくる。ジジがすうすうと寝ている。のどかな光景だった。
エマさんが台所から戻ってくる前に、私はもう一度だけ言った。
「あなたが好きでいてくれたのは、まあ、うれしいことよ。今さらだけれど」
リュカが横を向いた。耳のあたりが、少し赤くなっていた。
七十を過ぎて、まだそういうことができるらしい。大した人だと思う。からかいたい気持ちが少しあったが、やめておいた。年齢的に品を保つべきでしょ。
「本当に怒っていないのか」
「怒る気力があると思う? 私の年齢で」
「……そうか」
「そうよ」
ジジが縁側に戻ってきて、私の膝に乗った。重い。でも温かい。
エマさんが「お茶、どうぞ」と言いながら戻ってきた。三つの湯飲みを、静かに並べる。何を感じているのかは顔を見ても分からなかったが、お茶の温度はちょうどよかった。
なんでもない午後だった。
けれどなぜか、悪くない午後だとも思った。




