第6話「嫁さんまで連れてきた」
縁側で日向ぼっこしていたら、門のところに人影が二つ見えた。
ジジが足元で寝息を立てていて、庭の草の先が金色に光っていて、実に平和な午後だったのに。
一つは見覚えのある背格好。背は高いが少し丸まっていて、白髪が日差しを受けて光っている。リュカだ。
もう一つは女性だった。
私は目を細めた。ジジが膝の上でのんびり丸まったまま、興味なさそうに尻尾を揺らしている。猫というのは本当に人の事情に関知しない。それが羨ましい時がある。
「嫁さんまで連れてきたのか」
独り言のつもりだったが、ジジが片耳だけ動かした。共感しているのか、そうでないのか。どちらでもなさそうな顔をしている。
リュカ・ヴォルフと最後に会ったのは、もう何十年も前のことになる。
あの頃の彼は赤ら顔で早口で、私に何かを言いかけては飲み込むのが癖だった。辺境貴族の息子で、悪役令嬢と呼ばれていた私のことを、なぜか嫌わなかった。理由は聞いたことがない。あの頃の私は、好意を素直に受け取れるほど余裕がなかったから。
断罪があって、追放があって。気づいたらここに流れ着いていた。
リュカのことはそれほど考えてこなかった。日々が忙しかったのよ。薬草を摘んで干して煎じて、村人に渡して。気づいたら七十年以上が過ぎていた。まあそういうもんでしょ。
「レナさん」
門を開けて入ってきたリュカが、声をかけた。
老いた声だった。まあ、私もだけれど。あの早口の若者が、こんなに穏やかな声になっている。月日というのは恐ろしい。
「リュカ。久しぶりね」
起き上がろうとすると、膝のジジが迷惑そうに鳴いた。構わず立ち上がり、縁側の端に腰を落ち着け直す。
「危篤だと聞いて」リュカが言う。
「噂が大げさなの。まだ死なないわよ」
「そうか……よかった」
七十を超えて、それでも他人の安否を気にかける。まあ、そういう男だったわね、あの頃から。
リュカの隣に立っている女性が、ぺこりと頭を下げた。六十代に見える。丸顔で、目が優しい。少し緊張しているのか口元がこわばっているが、立ち姿がきれいだった。
「妻のエマと申します。突然押しかけてしまって、申し訳ありません」
「エマさんね」私は少し考えてから言った。「まあ、上がりなさいな。お茶でも出すわ」
台所で湯を沸かしながら、少しだけ考えた。
エマ。確か、そういう名前だと聞いたことがある。リュカが結婚した相手。それ以上のことは知らないし、知ろうとも思わなかった。
気まずいかどうかと聞かれれば、気まずくない。昔の話すぎる。私の中では、とっくに終わった話だ。
ただ、リュカが気まずそうなのはわかる。来る前にさぞかし悩んだことだろう。妻を連れてくるべきか、一人で来るべきか。一人で来たら変に思われる気がして、でも一緒に来たらそれはそれで気まずくて。
ご苦労なことだと思う。
茶葉を急須に入れながら、ちょっとだけ笑ってしまった。老いても相変わらず、くよくよしてる。
三人で縁側に並んだ。ジジは私の足元で丸くなっている。午後の光がまだ温かく、縁側に横一本、明るい帯を作っていた。
「いい村ですね」エマさんが庭を見渡して言った。緊張がほぐれてきたのか、目元が少し柔らかくなっている。
「田舎よ。でも住めば都っていうのは本当のことだわ」
「長いんですか、ここに」
「もう五十年近いかしら。最初は嫌だったけれど」
リュカがお茶を一口飲んで、何か言おうとするのが見えた。また飲み込んでいる。七十を過ぎても、癖というのは抜けないらしい。まったく。
「言いたいことがあるなら言えばいい」私は言った。「そんな顔してるわよ」
「……そうだな」
「謝りに来たんでしょう。あの頃のこと」
リュカが少し驚いた顔をした。眉が上がって、口が少し開く。
「わかるわよ。アルバートも来たから。同じ顔をしてた」
エマさんが「アルバート様が」と小さく呟いた。
「先月ね。もう逝ったけれど」
しんとした。庭の草が、風でさらさらと揺れる。遠くで鳥が鳴いて、また静かになった。
「謝るのはいいけれど」私は続けた。「大したことは覚えてないわよ、私も。あの頃のことは、もうずいぶん遠いの」
「俺は覚えてる」リュカが言った。声が低かった。
「そうなの。まあ、それはそれぞれのことだから」
「レナ……」
「お茶、冷めるわよ」
リュカが黙ってお茶を飲んだ。エマさんが隣でそっと息を吸っている。
何かを感じ取っているのだろう。聡い人に見えた。この人が隣にいたから、リュカもちゃんと老いてこられたのかもしれない。
縁側に、ゆっくりと午後の日差しが伸びてくる。ジジが欠伸をした。口の中がピンク色で、牙がきれいだった。
私も少し、欠伸をしたい気持ちだった。
悪い時間ではなかった。少なくとも、今のところは。まあ、それで十分でしょ。
帰り際、エマさんが庭の薬草をちらりと見て「すてきな庭ですね」と言った。お世辞ではない目をしていた。
「来年も咲くやつと、毎年植えるやつがあるのよ。管理が大変なの」
「詳しいんですね」
「五十年もやってれば嫌でも覚えるわ」
エマさんが少し笑った。笑うと目元に細かい皺が寄って、それがよく似合っている。悪い人ではないと思う。それ以上でも以下でもないが、悪い人ではない。
二人が帰ったあと、縁側に一人で座ってお茶の残りを飲んだ。ぬるくなっていたが、まあいい。ジジが膝に戻ってきて、また丸くなった。
「また来るわよ、あの人たち」
ジジは何も言わなかった。もちろん。




