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悪役令嬢はとっくに老婆です。今さら謝りに来ないでください  作者: 夜凪 蒼


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第5話「あらやだ、あんたが先かい」

手紙が届いたのは、朝の茶を飲み終えた頃だった。


外からウィルの足音がして、「お手紙です」と戸口から声がした。こういうとき、ウィルは中まで入ってこない。気の使い方が分かっている子だと思う。


封筒が厚くて、王家の紋章が押してあった。もう王家じゃないはずなのに、几帳面なことだと思った。蝋で封じてあって、剥がすときに少し力がいった。指先が思うように動かない朝は、こういうことが少し難しい。


開けた。読んだ。


「……あらやだ」


ジジが膝の上で丸くなったまま、耳だけ動かした。まるで「何かあったの」と聞いているみたいで、でも本当は暖かい場所を離れたくないだけなのが分かった。


「先に行っちゃったのね、あんた」


アルバート元国王。享年七十七歳。先月の末に静かに逝ったという。側近からの報せで、最後まで几帳面な文面で日付も名前も整然と記されていた。あの男が部下に書かせたのか、それとも誰かが気を遣ったのか。まあ、どちらにせよあの男らしい最期ね。


手紙を膝の上に置いた。ジジが顔を上げて私を見る。黄色い目が、少しだけ真剣な光を持っていた。


「一人目ね」


呟いたら、思いの外、声が普通に出た。悲しいかと言われると、よく分からない。


あの男は、何度も縁側に来た。几帳面な謝罪文句を繰り返して、杖の音がコツコツと廊下を進んでくる。ジジに睨まれては少し困った顔をして、梅が落ちる庭を二人でぼんやり眺める。お茶が冷めても、まだ話していたりした。


それが、もうない。


「受け取ってもらえなかったわね」


あんたの謝罪、最後まで受け取らなかった。


意地悪だったかしら、と少しだけ思った。


でも受け取ったところで何が変わったかと言われると、たぶん何も変わらない。辺境の暮らしは悪くなかった。毎日茶を飲んで猫と暮らして、最高だった。あんたの謝罪がなくても、私の幸せは別に完成してたのよ。


「困った男だったわね」


ジジが膝の上で伸びをした。背中がぐっとのびて、ふわりと縮む。温かい重みが、そのままそこにある。


「来てくれたのは、嬉しかったわよ。少し」


誰にも言いたくない一言だったが、ジジには言ってもいい。猫は秘密を守る。守るというより、興味がないだけだが。


まあいいわよ。そういうものでしょ。


縁側の外、庭に風がさわりと入って、草が静かに揺れた。雀が一羽、梅の枯れ枝に止まってすぐ飛んでいった。春がもうじき終わる。今年は梅が早かった。次は藤かしら。ウィルが世話してくれているから、藤棚はまだ生きているはず。確かめてみてもいいかもしれない。


「まあ、向こうで謝り続けるといいわ」


お茶を飲んだ。ぬるくなっていた。手紙を読んでいる間に、湯が冷めてしまったらしい。まあそういうことよ。冷めたお茶は冷めたお茶で悪くない。渋みが増して、これはこれで。


モモが縁側まで来て、私の横にどすんと座った。そしてすぐあくびをした。気ままなやつよ、ほんとうに。でも今はちょっと嬉しかった。


ジジが縁側に出てきて、庭をじっと眺めはじめた。何もいないと思うけれど、猫の目には何かが映っているのかもしれない。あの男がいた場所でも眺めているのかしら。まあ、猫には猫の事情があるんでしょ。私には通訳できない。


あの男は生真面目だったから、あの世でもきっと几帳面に謝り続けている。相手する神様か仏様か知らないが、気の毒だと思う。受け取ってもらえないまま謝り続けるのかもしれない。


似合いだわ、と思った。ご苦労なことだ。


「一人目」と私は繰り返した。


きっと次の人が来る。こんな老い先短い私に、謝りに来る人間がまだいる。振り返って、謝って、軽くなって逝く。そういう仕組みなのかしら。


ただ私は、謝られる側なのよ。困ったことに。


私が誰かに謝りに行くとしたら——追いやった相手なんて特にいなかった気がするけれど——どうするかしら。きっと面倒くさくてお茶飲んで終わりにする。私はそういう人間よ。


「ジジ、今日はお茶のお代わり、もう一杯飲むわ」


ジジは答えなかった。


私は立ち上がって台所へ向かった。足音が板張りに響く。静かな朝。手紙は膝から滑り落ちて、床に残った。


拾い上げて、棚の引き出しにしまった。


捨てなかった。我ながら、不思議だと思った。


まあ、そういうもんでしょ。

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