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悪役令嬢はとっくに老婆です。今さら謝りに来ないでください  作者: 夜凪 蒼


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第4話「またあんたか」

また来た。


門番のウィルが困り顔で「例のお方が」と言いかけた時点で、もう分かった。アルバート元国王陛下。今は何もつけずにただのアルバート老人と呼んでいる、心の中では。顔には出さないけれど。


「お通しして」


縁側に戻る。ジジが膝から降りて、縁側の端っこに移動した。猫は賢い。あの男が来ると空気が変わることを知っている。私より空気を読める。


足音が廊下を進んでくる。杖の音が混じっている。コツ、コツ、と規則正しく、几帳面な男らしい歩き方で。廊下の板が少しきしむ音がして、それが止まった。


「フォン・アシュレイ殿」


「レナでいいわよ。もう何回も来てるじゃないの」


庭を眺めたまま言う。振り向かない。梅がそろそろ終わりかけていた。今年最後の花が、風もないのにひとひら落ちた。白い花びらが土の上でくるりとひっくり返って、静かになった。


気配がして、アルバートが縁側の端に立った。座れとも言わないし、座るなとも言わない。勝手にすればいい。


しばらくして、彼は腰を下ろした。杖を膝の前に立てて、両手で握っている。几帳面にも、背筋が伸びている。七十を過ぎた体で、まだそんなことをしている。ご苦労なことだと思う。


「また謝りに来た」


「知ってる」


「前回は受け取ってもらえなかった」


「知ってる」


間があった。庭の奥で雀が一声鳴いた。


「今日こそは」


「どうぞ」


「……どうぞ、とは」


「謝ればいいじゃないの。聞いてはあげるわよ」


アルバートが口を開いた。閉じた。また開く。覚悟を決めるように、一度深く息を吸う音がした。


「レナ・フォン・アシュレイ殿。五十年以上前のことになるが、私はあなたに冤罪を着せ、婚約を破棄し、辺境へ追放した。それが誤りであったと知りながら、長い間、正式に認めることなく過ごした。あなたの人生に取り返しのつかない損害を与えた。誠に、申し訳なかった」


丁寧な謝罪だった。前回も、前々回も、同じ文句だった。几帳面な男だから、何度でも同じように言える。台詞を覚えてきているのかもしれないし、あるいは心に刻みすぎて口から自然に出るようになっているのかもしれない。


「うん」


「受け取っていただけるか」


「うーん」


梅の花がもう一枚落ちた。春の終わりのにおいがした。少し甘くて、少し寂しい。


「どうぞ、別に気にしてないから」


「気にしていない、では受け取ったことにならない」


「まあそうね」


「では」


「あのね」


ジジが戻ってきて、膝の上ではなく私とアルバートの間に座った。黄色い目が、じいっとアルバートを見ている。動かない。黒猫に見つめられてアルバートが少し困った顔をした。珍しい顔だった。あの冷たい王子が、猫に圧負けしている。


「謝罪を受け取るって、どういうことだと思う?」


「……あなたが許してくれる、ということではないか」


「私はとっくに許してるわよ。許すとか怒るとか、そういう感情、もうとっくに干からびたわ」


「では何が足りないというのだ」


「あんたがね」と言いかけて、やめた。


この男は誠実で生真面目で、謝ることを義務として背負っている。受け取ってもらえるまで来る。


立派よ、立派。迷惑だけれど。


「ジジ、どけなさい」


猫は動かなかった。しっぽが一度だけゆっくり揺れた。あなたにそれを言う権限はない、とでも言いたそうに。


「……相変わらず言うことを聞かない猫だ」


「自由に生きてるの。羨ましいでしょ」


アルバートが静かに笑った。声には出なかったが、口元が少し緩んだのが分かった。眉間の深い皺が、ほんのわずかにやわらいだ。


また間があった。今度は前より柔らかい間だった。ジジがようやく私の膝の方へ戻って、ぽすりと座った。


「一つ、聞いてもよいか」


「どうぞ」


「あなたは、今、幸せか」


変な質問だと思った。なんでまたそんなことを。


「幸せよ」


「本当に?」


「本当に。毎日ジジに起こされて、茶飲んで、庭眺めて、たまに村の子に読み書き教えて、夜は早く寝る。最高じゃないの」


「……そうか」


何か言いたそうだったが、言わなかった。口元を引き結んで、また庭の方を向いた。


この男には、もう謝罪を聞いてくれる人間がそんなにいないのかもしれない。かつての関係者は老いて、散り散り。それでも来る。受け取ってもらえなくても。


まあ、迷惑ではあるのだけれど。


「また来てもいいわよ」


言ってしまってから、少し後悔した。調子に乗せると毎週来かねない。


「……ありがとう」


アルバートは立ち上がった。杖を頼りに、背筋だけはまっすぐに立った。七十を過ぎてまだそれをするのね。


「次こそ、受け取ってもらう」


「頑張りなさいな」


足音が遠ざかっていく。コツ、コツ、と規則正しく。廊下のきしむ音がして、それが消えた。


ジジが欠伸をした。私も同じ気持ちだった。


梅の最後の花びらが、ゆっくりと地面に落ちた。来年また咲くのかしら。たぶん咲く。梅はそういう木よ、几帳面に。


モモが縁側から庭に降りて、落ちた花びらをちょいちょいと前足でつついた。何がしたいんだか。まあ、猫には猫の事情があるんでしょ。

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