第3話「まあ座りなさいよ」
三日目も来た。
馬車の音がする前に、ジジが縁側の端に行って座った。待っていた。猫というのは正直な生き物よ。
アルバートが庭に入ってきたとき、ジジは小さく鳴いた。アルバートが少し驚いた顔をした。
「あなた、猫に挨拶されているわよ」とわたしは言った。
「……そうか」
「返事しなさい」
アルバートは少し戸惑ってから、ジジに向かって小さく頷いた。ジジは満足したように目を細めた。合格ね。
今日のアルバートは昨日より少し早く本題に入ろうとしていた。縁側に座るなり、背筋を正して口を開いた。
「昨日の続きだが——」
「お茶飲みますか」
「……いただく」
「少し待ってて」
わたしは立ち上がって台所へ行った。お茶を入れて戻ってみると、アルバートがジジに手を伸ばしていた。ジジは嗅ぐだけ嗅いで、身をよじって避けた。まだそこまでは許していないらしい。
「警戒されてる」とアルバートが言った。
「猫はそういうものよ。気長にしなさい」
湯飲みを渡して、わたしも隣に座った。
「続きはどうぞ」
「あの断罪の件だが、実のところ——わたしは当時から疑っていた」
「ふーん」
「証拠が出てきたと報告を受けて、それを信じた。しかし後になって、その証拠が偽造であることが判明した。報告してきた者が、別の思惑で動いていたんだ」
「なるほどね」
「あなたに言い訳をしたいわけではない。信じた私の責任だ。それは分かっている。だから謝りに——」
「ちょっと待って」とわたしは言った。
アルバートが口を閉じた。
「日当たりが変わった。あっちに移りましょう」
庭の日差しが少しずれて、縁側の右端の方が温かくなっていた。わたしは湯飲みを持ってそちらへ移動した。
「……話の途中だったが」
「聞いてますよ。移動しながらでも聞ける」
アルバートはまた少し固まってから、杖をついてわたしの隣に移ってきた。こちらの端は確かに温かかった。膝に日差しが当たる。
ジジも移動してきた。今度はアルバートの隣に座った。距離が少し縮んでいる。猫というのは、自分のペースで距離を詰めてくるから油断できない。
「続けて」
「……続けてというのは——」
「謝罪の話でしょ。聞いてます」
アルバートはまた背筋を正した。几帳面ね。
「私はあなたに、正式に謝罪をしたい。あの断罪は間違いだった。あなたが受けた罰はあなたが受けるべきものではなかった。それを、ちゃんとした言葉で——」
「まあいいわよ」
「——伝えたく……いいわよ?」
「いいわよ、って言いました」
「受け取ってもらえた、ということか」
「なんとなく。ちゃんとした言葉で言われなくてもわたしはもう気にしてないから、別にどっちでもいいんだけど。あなたが言いたいなら言えばいいし」
アルバートはしばらく黙っていた。
「……それでは私が謝罪した意味がないではないか」
「なにをそんなにこだわるの」
「謝罪というのは、受け取られて初めて完結するものだろう」
「そう難しく考えなくていいわよ」とわたしは言った。「謝りたくて来たのなら、謝った。それで十分でしょ」
「あなたが平然としているのが——」
「平然ね」
「腑に落ちない。あれほどのことをして、こんなにあっさり——」
「あなたは何を期待していたの?」とわたしは聞いた。
アルバートが止まった。
「わたしが泣けばよかった? 怒鳴ればよかった? 苦労した話を長々とすれば?」
「そういうことではなく——」
「そういうことでしょ、少しは」
男は押し黙った。
わたしは膝の上の日差しを眺めた。温かい。こういう春の午後は、なにも考えないでいるのが一番いい。隣でアルバートが難しい顔をしているが、そちらはそちらの事情でしょ。
「怒っていないのか」とアルバートがまた聞いた。
「怒ってないわよ」
「本当に?」
「本当に」
「五十年前は?」
「怒ってたと思う。泣いたとも思う。でも覚えてない。そういう感情は、時間が経つと形がなくなるのよ」
「私には形がなくならない」
わたしは少し横を向いて男の顔を見た。
皺の深い横顔が、庭の方を向いている。目が少し細くなっている。まあ、長く抱えてたんでしょうね。ご苦労なことだわ。
「それはそれで、しんどいわね」とわたしは言った。
アルバートが少し目を瞬かせた。そういう言葉を期待していなかったのかもしれない。
ジジがアルバートの膝の近くに来て、少しだけ身をすり寄せた。ほんのわずかだけ。猫にしては大盤振る舞いね。
「猫が慰めているわよ」
「……そうか」
「触っていいですよ、たぶんもう」
アルバートはゆっくりと、おそるおそる手を伸ばした。ジジは今度は逃げなかった。撫でられたまま、目を細めた。
「柔らかい」とアルバートが言った。
「そうよ」
しばらく、そのままだった。
謝罪の続きは来なかった。老人が二人、猫を撫でながら日向ぼっこ。どこかの縁側の絵みたいで、わたしは少しおかしかった。
縁側の端っこでモモが一部始終を見守っていた。特に興味はなさそうだった。あなたは相変わらずよね。
「また来るかもしれない」とアルバートが帰り際に言った。
「どうぞ」
「次こそちゃんと謝罪を——」
「まあ、そのときはそのとき」
男は何か言いかけて、やめた。
杖をついて、庭を出ていく。護衛たちが合流する。馬車の扉が閉まる音がして、蹄の音が遠ざかっていった。
ジジが戻ってきて、わたしの膝に乗った。
「気に入ったの?」
ジジは答えなかった。でも喉を鳴らした。
まあ、そういうことなのかもしれない。




