第29話「何でもない、いい日だった」
朝、早く目が覚めた。
特に理由はない。体が勝手に起きた。七十を過ぎると、こういうことが増える。眠れなくて困るわけでもなく、ただ夜明け前に目が開いて、天井を見て、そうかと思う。
天井の木目はもう何十年も見てきた。節の形を全部知っている。こういうものを毎朝見ていると、だんだん古い友人みたいな気持ちになる。馬鹿みたいだけれど、そういうものだ。
外がうっすら明るくなってきた。鳥がどこかで鳴き始めた。最初の一声が入ると、次第に増えていく。朝のにおいが窓の隙間から入ってきた。草と土と、少し冷たい空気のにおい。悪くない起き方だった。
起き上がって、まず薬草の確認をした。
乾燥棚に束ねて吊るしてある草たちが、一晩でちょうどいい具合に乾いていた。触るとかさかさと音がして、においが手に移る。乾いた草の、少し苦くて青い、澄んだにおい。これを砕いて粉にして蜂蜜で練れば、村の子どもたちの咳止めになる。
地味な作業だ。でも嫌いじゃない。
すり鉢を引っ張り出して、ゆっくり砕いていくと、部屋の中が薬草のにおいで満ちる。この感覚は五十年近くやっていても飽きない。松子のころに好きだったゲームみたいなもので、繰り返すことが落ち着くのだ。石のすり鉢が重くて手に馴染んで、同じ動きを続けているうちに頭の中が静かになる。
ジジが台所の入り口に座って、こちらを見ていた。
「腹が減ったのね」
返事はなかった。でもそういうことだろう。干し魚を少しちぎってやったら、くんかくんかと嗅いで、それから食べた。慌てないところが偉い。
午前中は畑に出た。
今日は雑草を抜くだけの日だった。大仕事じゃない。ただ腰を曲げて、根のついた草を引き抜いて、土を均す。それだけ。若いころはこういう作業を退屈に感じた。今は違う。雑草と土と自分の手だけがある時間が、ちょうどよかった。
土が朝の湿気を含んでいて、少ししっとりしていた。草を引き抜くたびに根のにおいがした。日が上がるにつれて背中が温まって、汗が出た。
蝶が一匹、飛んできた。
白い翅で、ひらひらと畑の上を漂っていた。特にどこへ行くわけでもなく、ただ飛んでいる。じっと見ていたら、ジジが草むらから飛び出してきて、追いかけた。
当然、逃げられた。
「無駄なことを」
ジジは知らん顔で毛繕いを始めた。太陽が上がって、ジジの白い毛がきらっとした。別に恥ずかしくはないらしい。まあ猫なので当然だ。
昼過ぎに小屋に戻って、昨日の残りの野菜スープを温めた。一人分だから、鍋は小さい。パンを一切れ。それだけ。スープの湯気が顔に当たって、温かかった。食べながら窓の外を見たら、雲がゆっくり流れていた。
午後はまた薬を作った。
今日の分は、子どもの怪我用の軟膏だ。植物の脂と薬草を合わせて、ゆっくり熱を通す。焦がしてはいけない。急いでもいけない。ただゆっくり、混ざるのを待つ。
窓から光が差し込んでいた。
ジジがその光の中に入って、伸びた。いい場所を知っている。光のあたたかさを知っていて、そこに体を置く。いつ見ても、うまいと思う。私もそのくらいの判断力を見習いたいが、薬を放置するわけにもいかない。
夕方、軟膏が冷えて固まったのを確かめてから、縁側に出た。空がオレンジに染まっていた。見事という感じでもない、ただいつもの夕暮れだった。遠くの山の稜線が紫になって、手前の畑が赤くなって、空気がやわらかく色を変えていく。ぼんやり見ていたら、悪くなかった。
ジジが隣に来て、並んで座った。
夕飯は、畑から取ってきた葱と干し肉と根菜を煮たものだった。味は地味だ。でも温かかった。それがちゃんとあれば、今日は十分だと思う。
食べ終わって後片付けをして、また縁側に出た。
夜になっていた。星が出ていた。山の向こうに星がびっしりある。王都にいたころは見えなかった星が、ここにはある。辺境にいてよかったと思うことがあるとすれば、このくらいのことかもしれない。
ジジが膝に乗ってきたので、背中を撫でてやった。お腹が振動して、膝が温かくなった。
今日、特別なことは何もなかった。
誰も来なかった。どこへも行かなかった。薬を作って、畑を耕して、ジジが蝶を追いかけて逃げられた。ご飯を食べた。それだけ。
でも。
これが、いい日だった。
七十年以上生きてきて、ようやくわかった気がする。いい日というのは、特別な日のことじゃない。何でもない日が、ちゃんと何でもなく終わること。それだけのことだった。




