第25話「全員、見送ってしまった」
訃報は、春の終わりに届いた。
使いの者が門のところで頭を下げていた。ガレスの息子だと言った。父が昨日の朝、眠るように逝きました、と。
「そう」私は言った。
「父が、お世話になりました」
「こちらこそ」
それだけ言って、下がってもらった。薄い雲が空を流れている。風のにおいが、もう初夏に差し掛かっていた。
縁側に戻った。
ジジが日向で丸くなっている。春の終わりの日差しは強くも弱くもなく、縁側をちょうどいい温度に温めていた。板の上に手を置くと、じんわりと温かかった。
私はそこに腰を下ろした。
ガレスが逝った。五人目だった。最後の一人。
アルバートが最初だった。婚約を破棄した張本人。それからリュカ、セリア、ヴィクター。そしてガレス。全員、謝りに来て、全員、先に逝った。
全員、見送ってしまった。
私はそう思って、少し呆気に取られた。
見送られる側のはずだったのに。悪役令嬢というのは、断罪されて追放されて、どこかで惨めに死ぬものだ。少なくともゲームの中ではそうだった。前世の私はそういうものとして、このストーリーを知っていた。
なのに私だけが残った。
「おかしな話ね」
声に出してみた。
ジジが片目を開けて、こちらを見た。返事はない。猫だから。
「全員、先に逝ったわよ。私が見送った。全部」
ジジがまた目を閉じた。興味がないらしい。尻尾の先が一度だけ動いて、それからまた止まった。
それでいい。私も別に誰かに聞いてほしいわけじゃない。ただ、言葉にしたかっただけだ。
(声に出さないと、実感がわかないのよ。老いてからはそういうことが増えた)
七十年以上生きた。
転生してからでも、もう六十年以上か。前世の松子も、それなりに生きた。合計したらずいぶんな年数になる。
これだけ生きると、見送る数が増えていく。友人、知人、使用人。みんなが先に逝く。それが当たり前になってくる。
でも今日は少し、違う感じがした。断罪に関わった五人を、全員見送った。謝られて、話して、それで全部終わり。
達成感というのとも違う。喜ばしいことでもない。でも何か、一つの章が閉じたような感じがする。
ゲームのエンディングでいうなら、サブイベントを全部クリアした、みたいな。
前世の松子はゲームが好きだったから、そういうたとえが出てくる。七十過ぎてもその癖は抜けない。困ったものだ。
「全クリよ」私はジジに言った。「サブイベント、全クリ」
ジジが欠伸をした。大きな口で、盛大に。関係ない、とでも言いたそうな顔だった。
(ジジよ、もう少し共感してくれてもいいと思うのよ)
アルバートは泣いた。リュカは後悔を抱えていた。セリアは手紙も出せないまま逝った、と後から聞いた。ヴィクターは最後まで偉そうだったけれど。ガレスは縁側で泣いた。
みんな、老いていた。みんな、何かを抱えたまま。それでも、言いに来た。
私はそれを受け取った。
怒りはなかった。悲しみも、もう薄い。あったとしても、長い年月が削っていった。残っているのは、静かな何かだ。名前がつけにくい。あった、という感じ。それだけだ。
「お前も見送るのかしら」
ジジに言った。
猫の寿命は人間より短い。ジジはもう長く一緒にいるが、猫にしては歳を重ねている。足がたまに鈍くなった。昼寝の時間が増えた。ご飯を食べ終わった後に、ぼんやりしている時間も長くなった気がする。
ジジが尻尾の先だけ動かした。
「それは嫌よ」私は言った。「お前だけは見送りたくない」
でも、そういうわけにもいかないかもしれない。そう思ったら、少し胸が重くなった。アルバートが来たときも、ヴィクターが来たときも、こんな気持ちにはならなかった。
猫一匹の話で、こんなにもなるのか。
老いというのは、妙なものだ。
春の終わりの風が吹いた。
庭の草が揺れる。白い花びらがふわりと縁側まで飛んできた。もう少し経てば夏になる。夏が来て、秋が来て、また冬になる。私は多分、その間もここにいる。
全員、見送ってしまった。私だけ残った。
見送られるはずだったのに。悪役令嬢は早々に退場するはずだったのに、こうなった。
おかしな人生だと思う。前世も合わせたら特に。
でも、まあ。
「悪くはなかったわね」
声に出すと、なんだか本当のことみたいになった。
悪くはなかった。追放されて、田舎で生きて、猫を拾って、七十年以上生き延びた。謝りに来た人間を全員見送った。
誰かに自慢できる人生じゃない。派手でも華やかでもない。でも悪くはなかった。
ジジが伸びをした。前足を精いっぱい伸ばして、背中を丸めて、それからまた丸くなった。日差しの中で、毛が柔らかく光っている。
私はそれを見て、少し笑った。
お茶でも飲もうと思った。今日は少し、いいお茶にしよう。全クリの記念だから。
縁側に、静かな午後が続いていた。




