第24話「幸せでしたか、って聞いた」
聞こうと思っていたことがあった。
ずっと、この男が来てから、頭の隅に引っかかっていたこと。
セリアのことを責める気はない。あの話はもう遠い。でも、一つだけ知りたいことがあった。
(責めるとか、恨むとか、そういうのとは違う。ただ、知りたかっただけ)
「ガレス」
「はい」
「一つ聞いていいかしら」
ガレスが少し身構えた。緊張しているのがわかる。背筋がわずかに固くなって、両手が膝の上でかすかに動いた。
「なんでしょう」
「セリアは」私は言った。「幸せでしたか」
ガレスが、止まった。
返事が来ない。息をしているのかどうかもわからないくらい静かになった。縁側の板が、どこかで小さく鳴った。
ジジが不思議そうにガレスを見た。猫は空気を読んでいるのか読んでいないのか、いつもわからない。
「幸せでしたか」私はもう一度言った。「あなたと一緒に生きて、幸せだったかどうか。それだけ教えてほしい」
ガレスが目を伏せた。それから、ゆっくりと顔を上げた。
「幸せでした」
声が、掠れていた。
「子どもたちに囲まれて、庭の花を育てて、笑っていました。老いてからも穏やかで、最後まで笑っていました」
私は何も言わなかった。
ガレスが続けた。
「あなたに会いたいと言っていたことも、あります。追放されたあなたのことを、気にかけていた。でも……手紙を出す勇気がなかったと、そう言っていました。最後の方に、私に」
私はお茶を一口飲んだ。
セリアが幸せだったなら、それでいい。本当に、それでいい。
恨んでいたかもしれない。寂しかったのも本当だ。追放されてから、誰かが来てくれるかもと思っていた時期もある。でも誰も来なかった。セリアも来ない。まあ、そういうもんよ。
それでも、幸せだったなら。
(よかった。本当に、よかった)
「泣いているの」
気がついたら、そう言っていた。
ガレスが手の甲で目を押さえていた。老いた男が、縁側で、泣いていた。音もなく、ただ手を目に当てて、肩が小さく震えている。
「失礼しました」とガレスが言った。
「別にいいわよ」
「まさか、泣くとは思っていなかった。自分でも」
「泣きたいときは泣けばいい。老いてからは特に。我慢しても体に悪いだけよ」
しばらく、沈黙だった。
春の午後の縁側。日差しも柔らかく、板の上にうっすらと影を落としていた。
ジジがガレスの方に近づいていった。のそのそと歩いていって、ガレスの膝のそばに座った。触るわけでもなく、ただ、そこにいる。丸い頭が、ガレスの膝にかすかに当たっている。
ガレスが「猫に慰められるとは」とつぶやいた。
「ジジは気まぐれよ。慰めているのか、暖を取っているのかわからない」
「それでも、ありがたい」
ガレスの手が、ゆっくりとジジの背中に触れた。ジジが動かずにいる。珍しいことだと思った。
(あの猫、案外いいやつね)
セリアが幸せだったなら、それでよかった。
花を育てて笑っていたなら、それでいい。笑い方が大きくて、泣き方も大きい子だった。そういう子が笑っていたなら。
「幸せでしたか、ってずっと聞きたかったのよ」
ガレスが目を拭いて、こちらを向いた。
「なぜ、あなたが聞く」
「あなたが来たから」私は言った。「来なければ聞けなかった。だから聞いた」
「セリアのために、来てほしかったのですか」
「そんな大げさな話じゃないわよ。ただ、知りたかった。それだけ」
ガレスが静かに頷いた。
「幸せでした」もう一度、彼は言った。今度は声が落ち着いていた。「間違いなく」
それでよかった。
私は縁側から庭を見た。草が揺れている。日の当たるところだけ、少し黄みがかって光っていた。
ジジが戻ってきて、私の膝に前足をかけた。抱き上げると、重たい温もりがのしかかってくる。毛の中に顔を近づけると、日向のにおいがした。
全員先に逝った。アルバートも、リュカも、セリアも、ヴィクターも。そして目の前にいるこの男も、もうそれほど長くはないだろう。私もそうだけれど。
でも今日は、幸せだったと聞けた。
私はお茶を飲んだ。ぬるかった。それでも、悪くない味だった。




