表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢はとっくに老婆です。今さら謝りに来ないでください  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/32

第23話「セリアが選んだのよ」

「あなたは」とガレスが言った。「セリアを、恨んでいなかったのですか」


しばらく間があった。


私はお茶を一口飲んだ。冷えていた。冷えたお茶はそれほど嫌いじゃない。温かいものより、少し落ち着ける気がする。


恨んでいたか。


そう問われると、すぐには答えが出てこない。


断罪の場にセリアはいた。泣きながら、でも止めなかった。追放された後、手紙は来ない。そのまま数十年が経って、先にあの子は逝ってしまった。


(正直に言えば、わからないのよ。その頃の感情を今さら正確に取り出せない)


「どうかしら」私は言った。


「はっきりしない答えですね」


「はっきりした話じゃないから」


ガレスが縁側の端に目を落とした。


静かな男だと思う。騎士だったと聞いている。断罪の場で私の退場を見届けた後、近衛から辺境警備に自ら志願したと、ずっと後になってセリアから聞いた。左遷ではなく本人の希望だったらしい。罪悪感を剣で振り払おうとしたのか、それとも辺境に近い場所に行きたかったのか。どちらにしても不器用な話だ。今の彼にその頃の気配はない。ただの老いた男で、私と同じように年を重ねて、しわが増えて、背が少し縮んでいる。


庭のジジが草の根元に何かを見つけたらしく、じっと動かなくなっている。尻尾の先だけが、ゆっくり左右に揺れていた。


「恨んでいたかもしれない」私はそう言った。「でも、もう遠い話よ」


ガレスが顔を上げた。


「遠い」


「ええ。遠すぎて、輪郭がはっきりしない。あの頃の感情がどんなものだったか、ちゃんと思い出せないの。恨んでいたとしても、それはもう私の中に残っていない」


ガレスが「それは」と言いかけて、止まった。


「なに」


「……それは、忘れた、ということですか」


「忘れたとも少し違う。ただ、遠くなった。長く生きると、そういうことが起きるのよ。残っているのは、何かがあった、という事実だけ」


「事実だけ」


「あなたはセリアと結婚した。セリアは断罪の場で声を上げなかった。私は追放されて、それきり会っていない。それだけよ」


あの頃の自分が聞いたら、怒るかもしれない。でも今の私には、これが正確な言い方だった。


ガレスが息をついた。長い息だった。


「あなたが怒らないのが、怖い」と彼は言った。「怒鳴られたほうが、楽でした」


「そうでしょうね」


「なぜ怒らないのですか」


「怒るほどのエネルギーが残っていないのよ、もう」


本当のことだった。怒りというのは体力が要る。若い頃はいくらでも腹が立ったけれど、七十を過ぎると怒りを維持するのが面倒になってくる。そんなエネルギー、もうとっくにない。


(ガレスがそれを聞いて、どんな顔をするかとは思ったけれど)


「それに」私は続けた。「あなたがセリアと結婚したことを、私は怒れない」


「どういう意味ですか」


「さっきも言ったでしょう。セリアが選んだのよ」


ガレスが黙った。眉がわずかに動いて、何かを飲み込もうとしているような顔だった。


「あなたと結婚したのはセリアの意志だった。断罪の場で声を上げなかったのも、セリアが判断したことだった。泣きながらでも、あの子は自分で決めた」


「……そうかもしれませんが」


「そうよ。あの子はそういう人だった。流されているように見えて、根っこのところでは自分で動いていた。私はそれを知っていた」


ジジが庭から戻ってきた。何かを追っていたが、逃げられたらしい。不満そうな顔でこちらに歩いてきて、縁側の端に腰を下ろした。毛並みに草の欠片がついている。


(で、捕まえたの。ジジ)


尻尾がぴくりとも動かない。捕まえていない、ということらしい。


「セリアのことが、好きだったんですね」とガレスが言った。


「好きだったわよ」私はあっさりと答えた。「友人だったんだから」


「なのに」


「なのに、何?」


ガレスが言葉を選ぶように黙った。少しの間、縁側に静けさが戻った。


「なのに、どうしてそんなに穏やかに話せるのか、と思っていました」


穏やか。


そう言われると、自分ではよくわからない。穏やかなつもりはない。ただ、昔のことを今更燃やす気にもなれないだけだ。


(穏やかと諦めは、傍から見ると同じに見えるらしい。ずいぶん買いかぶってくれるものね)


「穏やかというより、疲れているのよ」私は言った。「怒るにも悲しむにも、もう少し若くないといけない。今の私には余力がない」


「それは」ガレスが困ったような顔をした。眉の端が下がって、何とも言えない表情になった。「慰めになるのか、ならないのか、わからない言葉ですね」


「慰めじゃないわよ。ただの事実」


「はあ」


まあ、そういうことよ。私はジジの毛並みについた草を指でそっと取った。ジジが迷惑そうに耳を振った。


「セリアが選んだ。あなたがいたからじゃない。あの子がそう生きたかったから、そうなった。恨む気持ちがあったとしても、それとこれとは別の話」


風が吹いた。


桜の季節には早い。でも、春のにおいがかすかにした。


ジジが目を細めた。猫にも春のにおいがわかるのか、尻尾の先がゆるやかに揺れていた。耳がぴくりと動いて、また静かになった。


「私が言えることはそれだけよ」私は言った。「遠い話だから、正確なことは言えない。ただ、今のあなたに怒ってはいない。それだけは確かね」


ガレスがゆっくりと頭を下げた。白髪の頭が、深く垂れている。


私はそれを、特に何も言わずに受け取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ