第22話「私が壊したんです、って」
ガレスが話し始めたのは、それから少し経ってからだった。
「レナさん」
「なに」
「私は……あなたとセリアの間を、壊した男だと思っています」
縁側に、静かな沈黙が落ちた。
ジジが遠くの草むらからこちらを見た。何かを感じ取ったのか、ゆっくりこちらに歩いてくる。猫というのは、こういう空気を読んでいるのか読んでいないのか、よくわからない。
私はすぐには返事をしなかった。
ガレスの言葉を、頭の中でゆっくり転がした。壊した、か。友情を壊した、とそういうことを言いたいのだろう。
(言いたいことはわかるけれど、そう簡単に整理できる話でもないのよね)
セリアと私が疎遠になったのは、セリアが婚約した頃からだ。その相手がガレス。断罪の場に彼女はいた。泣きながら、でも止めなかった。追放された後、手紙は来ない。それきりだ。
悪意があったとは思わない。ただ、そういうことになった。
「壊した、ねえ」私は言った。
「はい」ガレスが真っ直ぐに答えた。目を逸らさなかった。「私がセリアと結婚しなければ、あなたとの友情は続いていたかもしれない。私がそこにいたから」
「続きを聞きましょうか」
ガレスが続けた。
「断罪のとき、セリアはあなたを助けようとしていました。でも私が、止めた」
それは、知らなかった。
私はそちらを向いた。ガレスの横顔に、皺が深く刻まれている。後悔の顔だ。老いた男の。
「止めたの」
「動いたら余計に傷つくと言って。あの場で声を上げれば、セリアにも累が及ぶ可能性があった。私は……セリアを守りたかった。それだけで、あなたのことは考えていなかった」
「そう」
「申し訳なかったと、ずっと思っていました」
庭を見た。風が草を揺らしている。土と若葉の混ざったにおいが、かすかに漂ってくる。
ジジが縁側まで戻ってきて、私の膝に前足をかけた。抱き上げると、そのまま丸くなった。重い。でも温かい。
「ガレス」私は言った。
「はい」
「あなたがそこにいなかったとして、どうなっていたと思う?」
「……わかりません」
「私もわからない。でも、多分、同じことになっていたわよ」
ガレスが黙った。眉根がわずかに寄った。
「あの断罪は、もう決まっていたことだったの。止められるものじゃなかった。セリアが声を上げていたとしても、結果は変わらなかったかもしれない。あなたが止めたことで、少なくともセリアは傷つかずに済んだ」
「でも、あなたは」
「私はどのみち追放されたわ。そういうことだったのよ、あの話は」
ガレスが「でも私がいなければ——」と言いかけた。
「いなければ?」
「セリアは、あなたのそばにいられたかもしれない」
ああ、そっちか。
私は少し考えた。ジジの耳の裏を指でそっと掻いてやると、喉の奥でごろごろと音が鳴った。
ガレスが言いたいのは断罪のことだけじゃない。もっと根っこのところ。セリアが彼と結婚したことで私との距離が開いていったこと。追放された私のそばには、もうセリアはいなかった。そういうことを言いたいのだろう。
「ガレス」
「はい」
「それは、セリアが選んだことよ」
ガレスが顔を上げた。
私はジジの背中を撫でながら、続けた。
「あなたと結婚したのはセリアでしょう。誰かに強いられたの?」
「いいえ」
「あなたがいなければセリアは私のそばにいた、というのは、セリアの意志を無視した話だわ。セリアは人に言われて動く子じゃなかった。自分で選んだのよ、ちゃんと」
ガレスが黙った。視線が縁側の板に落ちた。
「あなたが責任を持ちたいのはわかる。男というのはそういうものでしょう。でも、セリアを自分の都合で動いた人形みたいに言うのは、少し失礼じゃないかしら」
「……そうか」
「そういうもんよ」
ジジが欠伸をした。
大きな口で、盛大に。白い歯が見えた。柔らかい息が膝の上に広がる。
(ジジよ、もう少し空気を読みなさいよ)
私もつられて息を吐いた。
「謝りに来たのはいいけれど」私は言った。「あなたの罪の大きさは、あなたが思っているほど大きくないかもしれない。だからといって何もなかったとも言わない。ただ、そういうもんじゃないかしらね」
「曖昧な答えですね」
「正確な答えよ。曖昧なものは曖昧にしか言えない」
ガレスが、また黙った。今度は違う黙り方だった。何かが、少し緩んだような気がする。肩の力が抜けて、背筋が少しだけ丸くなった。
私はお茶を飲んだ。もうぬるい。ぬるいお茶は好きじゃないけれど、今日はそれでいいような気がした。




