第21話「今度はひとりで来た」
門のところに人影が見えたとき、私はすぐに誰かわかった。
背が高くて、少し前傾みのある立ち方。鎧を脱いで何十年も経つのに、体の芯がどこか武骨なままの男。ガレス・ファリエルだ。
私は縁側から動かずにいた。春先の日差しが庭に落ちて、草の青い匂いがする。ジジが膝の上でちらりと目を開け、また閉じた。まったく協調性のない猫だ。
ガレスが最後に来たのは、セリアと一緒だった。
二人そろって玄関に立って、セリアが「レナ」と呼んだ。声が震えていた。ガレスはその後ろで、大きな体を小さくするようにしていた。
今日は一人だ。
それだけで、もうわかる。
(まあ、そういうことよね)
私はジジの背中を手のひらでゆっくりなぞった。暖かい毛の感触が、手に残った。
「レナさん」
ガレスが門を開けて入ってきた。声が、前より少し枯れていた。
「来たのね」私は言った。
「突然で、申し訳ない」
「構わないわよ。座りなさい」
縁側の端を指すと、ガレスは少し迷ってから腰を下ろした。体が大きいくせに、どこか所在なさそうにするのが癖だ。昔からそうだった。セリアがいつも隣で笑っていた。
私はお茶の準備をするために立ち上がろうとした。
「いや、お気遣いなく」ガレスが言った。
「あなたの気遣いじゃなくて、私の習慣よ。座っていなさい」
台所で湯を沸かしながら、私は壁を見ていた。
セリアはもう逝った。
ガレスの顔がそう言っていた。喪失の後の顔というのは、この年齢になると見分けがつくようになる。私がそれを何度見てきたか。数えるのも面倒なくらいよ。
「セリア」
呟いてみると、口の中でふわっと消えた。
悲しいかどうか、と聞かれれば悲しい。でもこの年になると、そういう感情も静かなものになってくる。まあ、そういうものよ。
やかんが静かに音を立て始めた。こういう時間は嫌いじゃない。
お茶が入った。盆に二つ乗せて、縁側に戻った。
ガレスは庭を眺めていた。猫じゃらしが風に揺れているのを、ぼんやり見ている。ジジが縁側の端から降りて、草の間をゆっくり歩いていた。
「ジジは元気ですね」ガレスが言った。
「あの子は丈夫なの。私よりよっぽど長生きしそう」
「はは」
笑ったが、笑えていなかった。口だけが動いて、目は庭を見たままだった。
私はお茶を置いて、その隣に腰を下ろした。しばらく、二人とも黙っていた。
庭の向こうで、遠く鳥が鳴いた。春先の声だ。一声鳴いて、また静かになった。
「セリアは」と私が言いかけると。
「はい」ガレスがすぐに返した。先回りするように、静かに。「昨年の冬に」
「そう」
「眠るように、だったと聞いています。苦しまずに」
「それはよかった」
私は本当にそう思った。強がりでも慰めでもなく、ただそう思った。苦しまなかったなら、それがいちばんいい。
ガレスがお茶を一口飲んで、何か言おうとした。
でも言葉が出てこないのか、湯呑みを両手で包んだまま黙っている。大きな手だ。ずっと剣を握ってきた手。今はもうただの老人の手だけれど、その形は変わらない。
「言いたいことがあるなら、急がなくていいわよ」私は言った。「日が暮れるまでは時間があるから」
「……すみません」
「謝らなくていい。そっちもいろいろあったでしょう」
ガレスが少しだけ、目を細めた。それを受け取った、という顔だった。縁側の外で、ジジが草を踏む音がする。のんびりした音だ。
(こういうとき、猫の存在はありがたい。空気を埋めてくれる)
私は空を見た。薄い雲が流れている。
この男は昔からそうだった。飲み込むのが早くて、吐き出すのが遅い。セリアがいつも隣で先に言葉にして、ガレスはそれを頷いて聞いていた。
セリアがいないと、大変ね。
「ゆっくり話しなさい」
私は言った。急かすつもりはなかった。ただ、許可を出すように。
「はい」
ガレスが、ゆっくりと息を吐いた。縁側に春の風が通る。どこかの草が、かすかに揺れる音がした。




