第19話「謝らせてもらえなくて可哀想に」
ヴィクターはまだ謝りたかった。
朝から来て、お茶を飲んで、少し庭を眺めて、それからまた謝った。昨日と同じ言葉で、同じ角度で、同じ丁寧さで。几帳面な人だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。謝罪にも作法があるのだろう。そういうものかしら。
「あなたの失墜を、私は利用しました」
「いいのよ」と私は答えた。
「しかし——」
「しかし、って続けてもいいけど、私の返事は変わらないわよ」
ヴィクターが口を閉じた。
これで三日目だ。
毎朝同じ時間に来て、同じように謝って、私が流すと行き場をなくして固まる。それを繰り返している。供回りの連中も毎日馬車の中で待っているのだろう。ご苦労なことだ。外から馬のいななきが聞こえた。退屈しているのかもしれない。馬も大変ね。
「ヴィクター」と私は言った。
「はい」
「謝りたい気持ちはわかるの。あなたが謝罪を大事にしてるのもわかる」
「……」
「でも私は、受け取れるものが受け取れないの。怒ってないから。恨んでもないから。謝ってもらうべき傷が、私の中にないの」
ヴィクターが湯呑みを膝の上に置いた。少し力が入っていた。
「それでも」と彼は言った。「私は、謝らなければならないと思っています」
「あなたがそう思うのは、あなたの話よ」
「はい」
「でも私が受け取るかどうかは、私の話でしょ」
ヴィクターが湯呑みを見た。返す言葉が出てこないらしく、しばらくそのままだった。
ジジが縁側の端から歩いてきて、ヴィクターの隣に座った。見上げている。ヴィクターがじっと見返している。猫と老人が縁側で見つめ合っていた。朝の日差しが二人の間に落ちていた。
「あなた」と私は言った。「ずっとこれが気になってたの?」
「何がですか」
「謝れなかったこと。私のところに来る前から、ずっと気になってた?」
ヴィクターが少し間を置いた。
「……何十年も、です」
「何十年も」
「はい。機会がなかったわけではありません。でもアシュレイ様はすでに遠くにいらして、私には立場があって、そのうちに時間だけが経って」
「それで今来た」
「はい」
「危篤の噂を聞いて」
「……はい」
私はお茶を飲んだ。今日は少し温度が低かった。
何十年も気になっていた、か。几帳面な人だから、そうかもしれない。抱えるのが得意な人種というのはいる。いるけど、たいへんそうだとも思う。
「真面目ね」と私は言った。
ヴィクターが「は?」という顔をした。
「何十年も気にして、わざわざ来て、毎日謝って。真面目な人だわ」
「それは——」
「褒めてるのよ」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
ヴィクターがまた少し黙った。
目が少し動いている。何かを整理しようとしている顔だ。
「受け取ってもらえないと」と彼が言った。「こんなに消化不良になるとは思いませんでした」
「そう」
「怒られたり、突き放されたりするなら、それはそれで終わりがある。でも『いいのよ』と言われると、謝罪の行き先がなくなる」
「難儀ね」
「……おっしゃる通りです」
私は空を見た。
消化不良、か。なかなか正直に言えるものだ。宰相まで務めた人間が、老婆の縁側で消化不良と言っている。ジジが縁側の端でぴくりともせず座っていた。この猫は空気が読めるのか読めないのかよくわからないが、今日のところは邪魔していない。偉い。
「ねえ」と私は言った。
「はい」
「謝罪って、誰のためにあるの?」
ヴィクターが少し考えた。
「謝る側のため、でしょうか」
「そうかもしれない。謝られる側のためでもあるかもしれないけど、どちらかというと」
「謝る側のため、に」
「私はそう思ってる。あなたが謝りたいのは、あなたの中を整理したいから。でも私にはもう整理すべき傷がないから、受け取れないの。かわいそうに、ってことよ」
ヴィクターが「かわいそうに、ですか」と繰り返した。
「謝らせてもらえなくて、かわいそうに、って言ったの」
「……それは、慰めですか」
「慰めよ」
ヴィクターが少しだけ眉を動かした。驚いたのか、呆れたのか。たぶん両方だろう。
「でも」と私は続けた。「あなたが几帳面な人だということは、よくわかった」
「それが何か——」
「何でもない。ただそう思ったの」
縁側の向こうで、草がふわりと揺れた。風が一瞬だけ通って、また静かになる。春のにおいがした。
ジジが欠伸をした。
ヴィクターがその様子を見て、少し息を抜いた。泣いているわけでも笑っているわけでもなかったが、肩の高さがさっきより少し下がっている。
「お茶、もう一杯どう?」
「……いただきます」
「座ったまま待ってなさい」
私は立ち上がった。
背中越しに、ヴィクターがまだ庭を見ているのがわかった。謝罪の行き先を探したまま、まだここにいる。
まあ、いいじゃないか。急がなくていい。ここは急ぐような場所じゃない。
ジジがのそのそと台所の入り口まで来て、こちらを見ていた。茶のおかわりは私が注ぐから、余計なことはしなくていい。言わないけど。どうせ猫にはわからないから。




