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悪役令嬢はとっくに老婆です。今さら謝りに来ないでください  作者: 夜凪 蒼


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第13話「夫の方がそわそわしてた」

昼過ぎに、ガレスがやってきた。


足が痛いというのはどこへ行ったのか、宿から歩いてきたらしい。セリアと並んで縁側に座った。


ジジはガレスをちらりと見て、セリアの膝に戻った。猫なりの判断がある。昨日から一貫している。


「足、大丈夫なの」と私は聞いた。


「ええ、まあ」とガレスが言った。「少し休んだら」


「無理して来なくてよかったのに」


「いえ、その」


歯切れが悪い。この人は昔からこういう人だったのだろうか。セリアと結婚して何十年も経つのだから、言葉くらいもう少し出てきてもよさそうなものだけど。


セリアと私は午前中の続きで話していた。


子供の頃のこと。学院にいた頃のこと。先生が厳しくて、ふたりで裏庭に逃げ出したこと。あの裏庭にはいつも日向ぼっこをしている猫がいて、その猫の名前を勝手につけていたこと。


「なんて名前にしてたっけ」とセリアが言った。


「シナモンよ。あんたがつけたのよ。茶色い猫だったから」


「そうだった。でもあなたはその名前が気に入らなくて、別の名前で呼んでたわ」


「マメ、って呼んでた。丸っこかったから」


「そうそう!」とセリアが笑った。「猫はどっちでも反応しないし、結局どちらの名前でもよかったわね」


そうよ、と私は言って、つられて笑った。


笑うと体が痛い。肋骨のあたりが引きつる。老人の笑いは全身運動だ。ジジは知らん顔で毛繕いをしている。猫は笑っても痛くないからいい。


ガレスが少し体を動かした。


ちらりと見ると、膝に手を置いてどこかを見ている。庭を見ているようでいて、実は何も見ていない感じ。


昨日からずっと、この人はこういう顔をしている。


居心地が悪い、というのとも少し違う。心の中でぐるぐるしているものがある人の顔だ。


「シナモンって、その後どうなったかしら」とセリアが言った。


「さあ。私が学院を出た頃にはもういなかったけど」


「猫だもの、そうよね」


「ジジも、もう十二年よ」と私は言って、ジジの背を撫でた。「長生きしてるわ」


「猫って長生きするのね」


「この子はたぶん意地っ張りなのよ」


ジジが私の手に頭を押しつけてきた。撫でろということだ。わかりやすい猫だ。シナモン改めマメとは大違い。


ガレスがまた動いた。今度は少し前傾みになって、膝の上で指を組んだ。


私はセリアと話しながら、横目で見た。


言うか言うまいか、という人間の動きには特徴がある。体が少し前に出る。呼吸が変わる。でも言葉が出てこないから、また元に戻る。それを繰り返す。


この人は今、それを三回やっている。私は数えた。


「ねえ」と私は言った。


「はい」とガレスが顔を上げた。条件反射みたいに。


「あなた、何か言いたいの?」


ガレスが固まった。セリアも少し驚いた顔で夫を見た。


「いや、その」とガレスが言った。「特には」


「特には、って感じじゃないわよ、さっきから」


「……そうですか」


「そうよ。ずっとそわそわしてる。足が痛いとかじゃないわよね、あれ」


ガレスが少し、眉を動かした。


長い沈黙があった。セリアが何も言わずにいる。夫婦間で何かあるのか、と思った。まあ、長年連れ添えばいろいろある。いろいろあるからこそ、わざわざ足が痛いと言って宿に残るものだ。


「私のことが、嫌いなのよね」と私は言った。


「そんなことは」とガレスが言った。「ありません」


「でも、ここに来たくはなかったでしょ」


「……セリアが行きたいと言ったので」


「正直ね。まあ、それでいいわよ」


「申し訳——」


「謝らなくていい」と私は言った。「あなたはセリアの夫でしょ。セリアが行きたいところに一緒についてきた。それでじゅうぶんよ」


ガレスが少し、目を伏せた。


「私は」と彼は言った。「あなたには、顔を向けられる立場じゃないと思っています」


「なんで」


「セリアと私のことで、あなたは——」


「それも覚えてないわよ」と私は言った。


ガレスが顔を上げた。目が少し丸くなっている。


「覚えてない?」


「大体のことは覚えてないの。昔のことは全部霞んでる」


「でも」


「あなたがセリアを好きだったのは覚えてる。それだけ」


ガレスが何か言いかけて、止まった。セリアが小さく息をついた音がした。


「あのね」と私は言った。「あなたが何を気にしているのかは、なんとなくわかる。でも、私はとっくに消化してるの。あなたが背負ってる必要はないわよ」


「……」


「ただ、ここに来て、お茶飲んで、セリアとおしゃべりしてるのを聞いてればいいじゃないの」


ガレスがゆっくりと、頷いた。「はい」と彼は言った。


それだけだった。でも、少しだけ肩の力が抜けた気がした。


セリアが「ガレスはお菓子が好きなのよ」と言って、焼き菓子を夫の方に押した。ガレスが「ありがとう」と受け取った。


ジジが欠伸をした。


私も少しだけお菓子を食べた。甘くて、やわらかい。縁側の日差しがちょうどいい。このくらいの昼下がりが、一番いい時間帯だ。そわそわしていた人がようやく落ち着いたのも、まあちょうどいい。

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