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邂逅_2


 「私がカゲをモデルにしたように、カゲも私をモデルにしたの? 七不思議作る人間と幽霊……私とカゲ……」

「……」


 僕は何も答えられなかった。でもすぐにきっと、彼女も気が付くだろう。


「……? あれ? 私、自分の話、カゲにどこまで話したっけ……?」


 一依にとって辛い過去は、彼女自身思い出すことはあっても誰かに話すことはなかったはずだ。誰にも相手にされなかったし、友達もいなかった。教師は知っていた。児相へ連絡がいったこともあったと聞いている。それは未来へ繋がらなかった。残念としか言いようがない。まだ子どもである僕が憤りを感じても、もう死んでしまった彼女にできることはない。


「ほとんど聞いてないよ。一依の話は。……あーでも、そうだな。好奇心旺盛で怖い話が好きなこととか、僕と同じで友達がいなくて独りでいることが多いとか。そういう話は知ってるよ」

「やだなぁ。ほぼ知らないじゃん」

「好きな食べ物に好きな芸能人、いつもどこへいくのか、何をするのが好きなのか、得意な科目に苦手な科目。一依の好き嫌いとか得手不得手は知らないな。なんにも。知らないよ」

「じゃあ、ただカゲの考えた話が私の境遇に似ていたってこと……?」


 一依の顔色が変わった。顔色が変わって、一緒に身体が少し薄くなった。背景が前よりも透けている。


「あぁ、そっか。そっか。……ねぇ、カゲ。この間読んでた新聞、私にも見せてくれる?」


 一依の自殺が報じられた新聞のことを言っているのだろう。僕はあの新聞を自前で買っていた。元々は職員室に置いてあったあの新聞。バックナンバーを取り寄せたんだ。どうしても、この手に取って余すところなく読みたかった。


「カゲのことだから、きっと持ってるでしょ? その鞄にでも」


 彼女の言う通りだった。僕はこの新聞を今日持ってきていた。いつも持ち歩いているわけじゃない。今日は特別だった。スクールバッグの中に入っている。たまたま今日は、この部屋の中にバッグを持ってきていた。普段はそのに置いている。バッグを持っている幽霊なんておかしいから。ウチの学校は朝の登校後は始業時間まで読書タイムが設けられており、活字なら何でも持ち込んでいいことになっていた。おかげでこれは、持ち物検査があっても引っかからない。


「自殺した子の名前、カゲの口から聞いても良い?」


 そう言って笑う彼女の顔は、酷くぼやけて見えた。泣いているのは、彼女だけじゃないのかもしれないと、僕はようやく気が付いた。


「……浦々、一依」


 彼女の涙はいつの間にか止まっていた。そして眉間にしわを寄せたと思うと、一人でうんうん頷いている。その状態で渡して良いのか判断はつかなかったが、僕は言われた通りスクールバッグから新聞を取り出して、一瞬悩んだが一依の記事が上へくるようにして手渡した。


「……そっか、そっか。……うん、わかった」

「一依……」

「私、死んでたんだね」


 ――ガタン。


 閉まっていたはずの窓が開き、強い風とともに木の葉が部屋の中へと入ってきた。青っぽくて生温かい外の空気が、僕と一依の間へ留まる。クルクルと舞った木の葉は順に床へ降り、やがてカタカタと揺れていた窓枠の音も止んで、辺りは静寂へ包まれた。


「書いてること、全部読んじゃったよね」

「……ごめん」

「いつから知ってたの?」

「……あの、二回目に会った日」

「どうしてわかったの?」

「……それは……珍しい名前だからね。……新聞を見て、写真で顔を知った、見たことのある顔だった。……前に会った一依と、同じだったから」

「学級写真。……私、写真ないから。撮ってないし、昔の物もきっと残ってないの。……要らない子だった」

「そんな顔しないで!」


 相変わらず、一依の顔はぼやけたままだった。


「写真に名前かぁ。珍しい名前つけられちゃったもんね。苗字も変わってるけど」

「漢字がわからなかったよ。耳で聞いてもウラウライチイなんて。でも、新聞を見て一致した。君が誰なのかは……わかってた」


 彼女は知らない。僕が彼女のことを簡単ではあるものの調べていたことを。既に死んでいることをわかった上で、敢えて生きていると仮定して喋っていたことを。……一緒に過ごす時間が何よりも楽しくて、ずっと一緒にいたいと、そう考えるようになっていたことを――。


「怖くなかった? 死んでる私と喋ってて」

「……そんなの……あるわけないじゃないか。一依は俺……僕を怖がらなかった。まるで友達のように接してくれた。文化棟は、僕の唯一心休まる場所なんだ。追い出すこともせずに。君は僕と一緒にいてくれた」

「やだ、一人称僕だったんだ。どおりで似合わないと思った。……今更だけど、私が死んでるから、教えてくれなかったんだね、名前」

「ごめん。……本当に、その……」

「良いの良いの! わかってる。言ってたもんね。『安易に教えるべきじゃないんだよ、得体の知れないモノに』って。私、よく覚えてるでしょ?」


 自分の言葉が胸に刺さる。なんというか、あの時はまだ出会って日数も経っていなかったから、穿って見ている部分もあったのは確かだ。それがこんな形で、自分に返ってくるなんて。


「ねぇ、私って、このままいなくなるのかな」

「それは……僕にはわからない」

「だよね、ごめん」


 ――わからない。僕だって知りたいのに。いつ一依がいなくなるのか。

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