巨人号の事件65
「――ほれ、おじょうさん。これはもうあんたのもんだ」
奇多郎に箱をわたされた崩子は、しばらくその箱を複雑な表情でにらんでいたが、意を決したように顔をあげると
「奇多郎さま。あなた、この箱の秘密をご存知なんでしょう?もういいかげん教えてくださらない?」
きびしい表情で問うた。
職人は、令嬢の熱っぽい眼差しを受けてこまったように顔をかくと
「依頼主の注文内容をあかしてはいけねえのは、職人のルールだ。ただ、もはや事態がここに至っては、それを破るしかあるめぇな……イテテテェ」
傷だらけの身体をすこし起こすと、重たい口を開いた。
「……たしかに、おらは師匠からこの小箱について少しは聞かされている。この箱は、魔神が宿る伝説の秘宝なんかじゃねぇ。おらの師匠・忌也砂々衛門が斑玉異一郎の依頼を受けてこしらえた、ある意味ただの細工箱だ」
ええっ!!それじゃ、命をかけて勝負に挑んで、開けたら力を得るとか、みんな嘘だったの?
「まあ、うそだ。そのかわり開けることができたら、そのものは異一郎の残した莫大な隠し財産を手に入れることができる。目録が入っているからな。つまり、斑玉家のすべてを手にできるのはいっしょだ。でもそれ以外、この箱を開けるのに挑戦して云々(うんぬん)は、みんないいかげんな嘘だ。いくら魔能や知恵を尽くしても、余人にこの箱を開けることはできねぇ。この箱を開けることができる人物は、異一郎によって最初から設定されているひとりっきりだ」
衝撃の発言をした。
「つまり、最初っから、異一郎じいさんのなかで遺産を相続させるものは決まっていたということよ。鬼利江さんは残念ながら、そうではなかったんだな。『異一郎に選ばれた』者じゃなきゃ、箱は開けられねぇ」
崩子を見る。
「……あとのことは、すべてただのハッタリだ。あの箱に挑戦しただけで呪われて死ぬとか無ぇ。鬼利江さんは、そのハッタリに踊らされて気鬱の病になってただけだ。蠏呪の防呪符だとかなんとか、そんなもの最初から関係なかったんだ。それを鬼利江さんに言えてたら良かったんだが、それだと箱の秘密をもらすことになる。職人の守秘義務として、おらはそれが言えなかった。今となったら申し訳ないことをした。まさか、死ぬことになるとはな……」
沈痛の表情を浮かべる。
蠏呪太郎が、鬼利江さんは気が弱っているだけというのは本当だったんだな。それにしても鬼利江さんは気の毒だ。そんな最初から出来もしないことに挑戦させられていただなんて。異一郎というひとはずいぶんな罪作りだ。
「もはや、斑玉家の生き残りはあんたしかいねぇ。好きにするがいいさ」
職人のことばに
令嬢はうなずくと、指に針を刺し箱に血を垂らす。
崩子は箱が開くのを見た。
やはり自分が大叔父に選ばれていたのだ。
「やりましたわ、奇多郎さま!」
よろこびふりかえった令嬢だったが
「えっ?」
どういうことだろう?奇多郎、そして陽城家やラビなどのすがたがない。それどころか彼女がいるのは救命艇の中ですらなく、木製の広い床を持つ……
「帆船?」
大型の西洋帆船の甲板上にひとりいた。
「な、なんなの?これ」
想定外の事態におそれおののく令嬢の前に浮かび上がるのは
「おおおじさま!?」
青白い老齢男性のすがた……斑玉異一郎、そのひとのものだった。
「おじさま。ここはいったいどういう……?」
愛する姪孫のことばを、
聞こえているのかいないのか翁は
「ああ、崩子……やはりおまえが来たのか?そうではないかと思っていたが、確信が持てなくてなぁ」
相好をくずして喜ぶと
「此処は、おまえのために残したものだ。せいぜい楽しんでくれ」




