巨人号の事件64
せまい艇のなか、傷だらけでぐったりとしている奇多郎に寄りそう崩子は
「まさか、ツァーリが叔母さまを殺した犯人だったなんて……おそろしいこと。長年の従者がおそろしい犯罪をしでかすだなんて、あたくし思いもいたしませんでした。そして、ご迷惑をおかけしたわね、陽城さま。斑玉家の生き残りとして正式にお詫び申し上げるわ」
翔之介に頭を下げると
「……それにしても魔美子さん。ツァーリが犯人だと気づいていたのに、よく今までだまっておられましたわね。自分の部屋に侵入して来たのに、その後平然とやりすごすなんて、あたくしとてもできませんわ」
なかば呆れるように言った。
その賛辞に学友は
「ああ、あれはハッタリですわ」
しらっと、言い切った。
(へっ?)
「あたしは、ツァーリが短剣を盗んだ場面になど出くわしてなどおりません。おそらく犯人はツァーリだと当たりをつけた上で、適当なことを言ったまでですわ」
(はぁっ?)
「ツァーリは目が見えていない、とは思っておりました。それはほら……いただいた短剣の返礼として鬼利江さまに張り子犬をおわたしたおりのことよ。あのとき、彼は張り子犬をひとつ、落としたでしょう?」
ああ、めずらしいと思った。
「拾うにもこまっているように見えた。実は、あの番の張り子犬のうち、魔素をこめて吠えるようにしてあったのは片方だけだったのよ。彼が落とし惑ったもうひとつの犬には魔素がちっとも入っていなかった。だからあの番は割安だった。あのとき、もしかして彼は魔素をたよりに周囲を把握しているのではないかと思ったの」
つづけて
「今回の殺人では、翔之介に罪をなすりつけようとしている者がいる。それも鬼利江さんから贈られた短剣を使って……となったらば、必然的に斑玉家の家財を把握しているツァーリを疑うでしょう?翔之介が犯人扱いされる差し迫った状況において一か八か、彼に『短剣を盗みに入った』とカマをかけるのは、ありだと思えたわ」
平然と言う。
まったく、この叔母ときたらとんだ強心臓のバクチ打ちだ。
「――あなたを救うためなら、これぐらいのことするわよ」
たよりになるなぁ。
「ホッホ、たいしたお嬢さんだ」
老ラビはわらい
「――ほんと、どえれぇ女だな」
ぐったりしながらも、独特の表現で奇多郎は褒める。
魔美子は、そんな職人に
「あら。あなたこそ、その箱を見つけるなんてお手柄ではなくて?」
称賛する。
その視線の先、職人の掌にはあの呪われた小箱がある。
「そら、おめえ。ツァーリがなんで逃げるのにわざわざ、自分が殺した鬼利江さんを背負ってこなきゃいけなかったか?単純な推理だわ」
実は救命艇に乗りこむに先立って、衛生の観点から運ぶことができない鬼利江とツァーリ、それにクラーケンの犠牲となった縊々子らの遺体は海に流されていた。水葬礼である。
親しく会話していた女性やその従者とこのような別れを迎えたのは、少年には衝撃が大きかったが、
そのとき職人が
「……ちょっと待つだ」
と(崩子の了承を得たうえで)鬼利江の遺体の傷口をまさぐって
「……ほれ、やっぱりだ」
体内から血まみれの小箱を見つけ出していたのだ。
「思ったとおり。やつは鬼利江さんの遺体に箱を隠してたで。あとでこっそり取り出すつもりだったんだろよ」
血まみれの箱を持ってニッコリできる感性は翔之介によくわからなかったが、慧眼なのはたしかだ。




