巨人号の事件73
泥形はふりかえると
「おおっ!これは死羅皮さん、よくご無事でいらっしゃいました。避難なさらずよろしいのですか?」
たずねられた、これもボロボロの魔商・死羅皮権死郎は、鼻を鳴らすと
「くだらん。おれがいたことにはもとから気づいていたろう?おたがい、もう芝居はよしとしよう……乞一」
そのことばに、船医・泥形震作(であるはずのもの)は、ニヤリと口を笑み曲げて
「そうだな。まさかこんなところでばったり顔なじみと出くわすとは思ってなかった……幹久」
そのことばに、魔商 (であるはずのもの)も
「おたがいイイ年して変装してるとは……なんだか馬鹿らしくってイヤになったぜ。それにしても、おまえのその『船医』ってチョイスはひどいな?『ディア・ドクター』気取りか?おれと同じ高卒のくせして。この学歴コンプレックス野郎が」
「『流れの魔商』なんて、時代遅れな設定をしたものに言われたくない。妻子を置いて消えた男が『寅さん』気取りか?バカめ」
たがいに毒づく。
船医もとい乞一は、さらに
「そういえば、おまえの義妹にも会えるとは思わなかったな。どうだった?あの志魔蘭子嬢は?」
いやみたっぷりにかぶせる。
「……ふん」
「あんな義妹のすがたを見たら、そりゃおまえもヤケ酒をあおるしかないよな?フフッ……あの女、おまえが競り負けた商品を持って旅館に行く気らしいぞ」
その情報に、魔商もとい幹久は苦虫を噛み潰したような顔で
「……娘と番頭にまかせるしかない」
つぶやいた。
「ほったらかしの娘にたよるしかないとは、つくづくなさけない父親だな、おまえは」
どうやら悪口合戦では分が悪いらしい幹久は、だまって乞一のとなりに立つと海を見て
「……そんなことより、今回の始末はどうつける気だ?」
「さあ、どうなるかねぇ」
ニヤニヤ顔の旧知に、
幹久はため息をついて
「どうせ、おまえがあのニセ船長を用意したんだろう?狩りに失敗したハンターの心隙につけこんで、そそのかした……ってところか」
乞一はおかしそうに
「おれはただ異一郎翁の注文に応じただけよ。あのじいさんとウチとは古い取引相手だったからな、死ぬ前に今回の旅……『障玉會』の演出を依頼されていた。依頼を受けたからには、そこはプロとしてせいぜい盛り上がるようにおれも考えたさ」
「……歌手の女の子まで殺さなくともよかっただろう」
指摘にも、
わらって
「ああ、それもバレたか……あれはしかたないことよ。なにせ、縊々子がアハバに魔能を売った、その仲介に立ったのは船医・泥形つまりおれだからな。『演出上』彼女の魔能によってクラーケンがおびき寄せられたことは関係者に明かしておかないといけなかったが、おれが関わっていることまで知られては都合が悪い。縊々子には口裏を合わせるようインガを含めていたが、なにせ彼女の情緒は不安定だった。いつ真相を口走るかしれないから、こっそり始末した。特に、陽城家でのおれの印象を悪くされたくなくてな……」
「……やっぱり、あのふたりを船旅に招待したのはおまえか?鷹太郎の息子を見たかったんだろう」
指摘に、
大きくうなずいて
「彼はすばらしい。鷹太郎を超える逸材だ」
目を輝かせる。
幹久はあきれ顔で
「まったく、おまえは昔から……たしかに、翔之介くんはいい子だが。おれなんか娘のことで諭されちまったもんな。顔も気性も父親によく似て……そりゃ鷹太郎にご執心だったおまえが入れこむのもわかる」
乞一は頬をほのかに上気させて
「……おれの気持ちに気づいたのは、おまえだけだ。鷹太郎は知らないまま死んだ」
「あいつは、顔はきれいだが鈍感だったからな」
「鷹太郎が死地に向かうを、ただ指をくわえて見ているしかできなかったときほど口惜しかったことはない。玉蟲家として禍王家と事を構えることなど許さん、と養父に止められたからな。あのときほど、自分が当主でないことをうらめしく感じたときはない。必ず養父を殺して、おれが当主になる……」
「あの蠱凝の権化のようなジイさんをどうやって殺すんだ?おまえの頑張る方向が、おれにはよくわからんな」
「生まれながらの当主であるおまえに、おれのような傍流出の気はわからんさ」
魔道家どうしの微妙な会話をする。
その隣で、フナタマはただ黙っていた。




