巨人号の事件72
Below the thunders of the upper deep,
上では雷鳴がはるか高くで轟く、
Far, far beneath in the abysmal sea,
とても、とても深い底 測り知れない海、
His ancient, dreamless, uninvaded sleep
古代から、夢も見ず、邪魔されず眠る
The Kraken sleepeth: faintest sunlights flee
クラーケンの眠り。かすかな陽の光も消え失せるは
About his shadowy sides; above him swell
およそ彼の影あたり。彼の上でふくらむ
Huge sponges of millennial growth and height;
巨大な海綿は 千年にわたって成長した体躯を持つ。
And far away into the sickly light,
そしてはるか彼方の病んだ光の中へ、
From many a wondrous grot and secret cell
多くの不思議な洞穴と秘密の巣穴から
Unnumbered and enormous polypi
数え切れぬ そして規格外のポツポツが
Winnow with giant arms the slumbering green.
ふるいにかけるのだ その巨肢で まどろむ海草を。
船医・泥形は巨人号の船橋から、クラーケンの触手で串刺しになってぼろぼろのハンターのすがたをじっと見つめていた。
そして、顔に手をやると
「うっ……船長、いやアハバ……なんて愚かなんだ。半生をかけたあげく、ただ死に向かうなんて、そんな……そんなひどい一生があるだろうか?……ぅうっ、うっ………」
と肩をふるわせ涙……いや、笑みをこぼす。
「……なんて、たのしいヤツなんだ!やっぱり楽しませてくれるな、イカれた狩人は!ハァッハッハハハッ!!」
高らかに哄笑する。そして
「まったく、そう思わないかフナタマ?」
となりに立つ振り袖おかっぱすがたの少女に問う。
しかし巨人号の物霊トップは
「……あたしに、そういうのはわからない」
考えの見えない表情で答える。
「まったく……つれないやつだな。きみも幾度も航海を重ねて、多少は人間の機微というものを理解したと思っていたが」
「そういうのは管轄外。あたしは自分の仕事で忙しい」
「余裕がないねぇ、まったく……」
おおぎょうにため息をつく泥形の背後から
「……沈みかけの船に残されたってのに、えらくごきげんだな。船医さん」
声がかかる。




