巨人号の事件71
禍王家で蛇や虎に変身した術者同士の戦いは見ていたが、これほど巨大な海獣(怪獣)にふつうの(大きさの)人間が戦いを挑むのを見るのは初めてだ。ハンター・アハバはがんばっているようだが
「……勝てるかな?」
思わず出た少年のつぶやきに
答えたのは、それまで(よその家庭のもめごとには口出ししないよう)押し黙っていたユダヤの僧……ラビだった。
「さてのぅ……特級は、そんな簡単な相手でないぞ」
そのことばどおり、クラーケンは善戦する小動物を嘲笑うかのように、海中から突き上げる触手の数をどっと増やしてハンター・アハバを襲う。
銛でさばききれなくなった触手によって海面にたたきつけられた狩人は、姿勢をなおすと折れた歯を吐いて
「ひゅうっ!さすがやってくれるぜ、マイ・ラバー。そうだよ、これぐらいやってくれなきゃ物足りねえ!」
銛の先に魔素を集中させた。
すると、その魔素によって錬成された新たな銛先が次から次へと現れ、空中に展開する。まるで、サイコミュ制御の小型端末群みたいだ。
ラビが
「具現化か……たいへんな時間をかけてイメージしたものじゃろうが。とはいえあんな繊細なマナでは、いくら多量に作ったところで分厚いクラーケンの妖気にはじかれてしまいそうじゃがな」
解説してくれる。
いっぽう、ハンター・アハバはクラーケンに語りかけているようだ。
「……20年前に手も足も出ずやられたときから、おれはおまえを狩ることだけ考えて生きてきた。おまえの妖気の壁はたしかに分厚く強固だが、構成する粒子網は意外と粗い。おれの作ったこの繊細なマナの銛先ならば、その壁も透過できる。そんな弱いマナでは破壊力がまるで無いって、おまえそう思ってるんだろう?でも心配するな、これはいわば体内の結石をレーザーで砕く手術とおんなじさ。おまえの内部に焦点をあわせて一斉に突き刺すことによって、核を破壊してやる。せっかく愛しいおまえが来てくれたんだ。これぐらいのプレゼントは用意しとかないとな!どうか、恋い焦がれた一途な男の真心を受け止めてくれよ、マイ・ハニー!さあ!崩れされ!!」
アハバは渾身のマナをこめた銛群をクラーケンの体軀に突き立てた。
これで、さしもの特級の海獣とてその息の根を止められはず……だが
「……なっ?」
巨大な海獣はその蠢動をおさめない。
「まさか!?銛先が刺さったとっさに内部魔素の波長に変化をつけて、焦点があわないようにしているのか!?これだけの量の銛先に瞬時に対応して?」
ハンターは相好をくずすと
「さすが恋人だ!おれが20年、練りに練って用意した仕掛けを一瞬で破っちまうなんてよ!!」
その口ぶりには、くやしさよりも称賛のほうが多く含まれていた。
力尽きたハンターは、クラーケンに足をつかまれ動きを封じられた。
そして次の瞬間には
「――たのしかったぜ、いとしきものよ」
四方から襲いくる触手に串刺しにされた。
「……近所迷惑な男じゃな。やっかいを招いて、荒らすだけ荒らして死んでいった」
ラビのため息交じりのことばに、救命艇内はみな沈黙で賛意を示す。
奇多郎が眉をひそめて
「ハンターが死んで『パンの声』はもう無いはずだっぺに、クラーケンの野郎落ち着く様子がねぇな。もしかして、いったん暴れ出したらなかなか興奮がおさまらねぇじゃねぇか?」
「だとしたら、まずいですわね。この救命艇もいつまで無事に揺蕩っていられるか……このなかで、あの怪物とわたりあう自信のあるかたはおられます?ラビ……あなたさまはいかがです?」
魔美子の問いに
「無理だな。ありゃヘタをしたら、かのヨナを飲み込んだ鯨に匹敵する……ただまあ、心配はいらんと思うぞ」
すきまから沈みつつある巨人号をうかがうと
「強者は、まだあそこに残っておる」




