たどりついた、さきに。
想羅の道案内で、歩き続けてきた私たち。
やがて、ぽつんと一つの小屋が見えてきた。
「焔」
ここまで、必要なこと以外はずっと黙っていた彼。
その声は、微かに震えているように聞こえた。
「どうしたの?」
「ここまでありがと。でももう結構回復したから、自分で歩くよ」
それは、強がりには思えなかった。
強がりというより、自分で行きたいという願いのように思えた。
「…わかったよ。辛くなったら言ってね」
「うん、助かるよ」
返事の代わりに、ふわふわの頭をわしゃっと撫でる。
全員の視線が、自然と想羅へ向いていた。
けれど、そんな心配は杞憂だった。
(さすが、神様)
視力を失っているとは思えないほど、迷いのない足取り。
あれほど危うかった呼吸さえ、道中で見違えるほど落ち着きを取り戻していた。
私たちは顔を見合わせ、小さく笑うと、その背中を追いかけた。
コンコンコン——
「突然すみません。少し、お話を伺いたいのですが」
彼がノックしたドアの下には、犬や猫が通れそうな小さな扉が付いている。
これでもかというほど、世界は期待を膨らませていく。
(澄さんが……いますように)
そう願わずにはいられなかった。
キィ…——
返答はなく、ゆっくりと扉だけが開いた。
そこに立っていたのは、深くローブを被り、古びた木の杖を握る老婆だった。
「……あれ?さっきのおばあさん?」
「え?」
私の言葉に、その場の全員が一斉にこちらを見る。
「えっ……」
嫌な沈黙が流れた。
どうやら、あの老婆が見えているのは、私だけらしい。
心が読める想羅だけが、私の反応に驚いたように老婆を見つめる。
すると老婆を中心に風が渦を巻き、外から吹き込んだ風が、その姿を覆い隠した。
「私の姿を見破るなんて、さすが雨神の神妃だねぇ」
さっきまでのかすれた声とは違う。
風とともに、その声は少しずつ生気を取り戻していく。
(何で、知ってるの?!)
驚きと恐怖が、胸の奥で一つに混ざった。
そうして風が去ると、そこに立っていたのは、一人の女性だった。
真っ白な髪を片側でゆるく編み下ろし、瞳は、時雨より少し淡い黄玉色。
穏やかに微笑むその姿には、不思議な存在感があった。
「あ、あなたは…」
三人とも、言葉を失う。
「教科書で見た…」
焔が、思わずといったように呟く。
「始まりの、魔法使い…」
女性は、「正解」とでも言いたげに、口元だけで静かに笑った。
(えぇ?!ここで?!)
驚きすぎて、声も出ない。
(それに……始まりの魔法使いって、女性だったんだ…)
神様が全員男性だったから、私も勝手に、始まりの魔法使いは男性だと思い込んでいた。
「君が、想神だね」
想羅を見つめ、始まりの魔法使いが尋ねた。
「は、はい」
背筋を伸ばして、返事をする。
「君の探し人なら、中にいるよ。さあ、お入り」
ひらりとマントを翻し、私たちを招く。
想羅は一瞬だけ、踏み込む足を、止めた。
それでも、ぐっと脚に力を込め、地面を蹴る。
「あ、言い忘れてた」
彼女はくるりと振り返り、屈託なく笑う。
「私は、漣 維深。まぁ好きに呼んでよ」
視線だけ移して微笑んだ。
「それと、ここはただの入り口。的地は、この下だ」
(なんて、清々しい人なんだ)
呑気にそう思っていると、何もない空間に、不思議な乗り物が姿を現した。
その先には、道がない。
「え……まさか……」
維深は、にっと笑う。
「そう。その、まさかだよ」
耳に届いたと同時に、身体がふわりと宙へ浮き、そのまま乗り物へ放り込まれた。
「えっ!?」
息をつく暇もなく、乗り物はものすごい勢いで地下へ滑り落ちていく。
「っ!~~~~~」
声にならない悲鳴を上げながら、私は必死に時雨へしがみつき、ぎゅっと目を閉じた。
宙に放り出されるような感覚が消え、そっと顔を上げた。
陽の光が差し込む、木造の部屋。
想羅は、動きを止めていた。
一点を見つめて。
彼が向く先を、私も追う。
私が夢で見た、あの猫。
その瞳は、今にも雫がこぼれそうなほど潤んでいた。
歓喜のあまり、思わず声が漏れそうになる。
必死に息をのみ込み、もう一度、想羅へ視線を向けた。
「す…み……」
呼ばれた本人は、その声を胸に刻むように、唇を引き結ぶ。
「…万…」
その名は、胸の奥から込み上げるように零れ落ちた。
吸い寄せられるように、彼は歩き出す。
「澄っ……!」
その声が合図だった。
彼は駆け出し、彼女もまた、迷うことなく飛び出した。
そして、美しい猫は想い人の胸へ飛び込み、彼もまた、その小さな愛しい身体を、壊れ物のように抱きしめた。




