しょうそうから、けつだん。
真っ黒だった視界に、色彩が浮かぶ。
そこには、見たことのない世界。
(映画の世界みたい…)
空は厚い雲で覆われ、陽の光が霞んでいる。
世界そのものが黄土色の膜を一枚纏っているようで、乾いた風が舞うたび、砂埃が音もなく地を這っていく。
建ち並ぶ建物は、どれも石を積み重ねた重厚な造りだ。
年月を耐え抜いてきたような堅牢さがありながら、不思議と人の温もりは感じられない。
至る所に、様々な文様が刻まれていて、それは、意味を持つ文字なのか、魔法陣なのかもわからない。
(まぁ、もし魔法陣だとしても、私が見たところでわかんないけどね)
辺りを見渡しながら、小さく自虐する。
聞こえてくる人々の話声は、どこか息を潜めているように感じる。
決して荒廃しているわけではない。
それなのに、言葉では表せない不穏さが、空気に溶け込んでいた。
「さぁ、ここからどうする?」
腰に両手を当て、焔が辺りを見回す。
「魔力がそこら中に溢れている…気配を追うには厄介だな。万、森園さんの気配は?」
時雨が尋ねた。
「…ない、ね」
少し落胆したように、想羅が首を横へ振る。
「なら、まずは聞き込みだね。情報はいくらあっても困らないよ」
そう言うと、焔は想羅の背中を励ますように、柔らかく叩いた。
「そうだね」
想羅は小さく息を吐き、気持ちを切り替えるように頷く。
そんな彼を、時雨は変わらず冷静な眼差しで見つめていた。
それから私たちは、道行く人や売店の店主に、深い青緑色の毛並みの猫を見たことはないかと聞いて回った。
けれど、めぼしい情報は得られなかった。
ドサッ——
「澄ちゃんの手掛かりになりそうなものはなかったね」
噴水の淵に腰かけながら、焔が息をつく。
「そうですね…澄さんどころか、猫の情報もなかったですね」
聞き込みをしながら街を歩いていて、一つ気づいたことがあった。
この世界は、生き物が少ない。
そのことについても尋ねてみると、人間以外の動物はかなり希少で、見かけたなら絶対に覚えている。
それどころか、伝説に残るほど珍しい存在なのだという。
「万、ここで間違いないんだよな?」
「…」
返答は、返ってこない。
想羅は一点を見つめたまま、何かを探るように意識を巡らせていた。
その表情には焦りが滲み、周囲の声さえ届いていないようだった。
想羅は一点を見つめたまま、何かを探るように意識を巡らせていた。その表情には焦りが滲み、周囲の声さえ届いていないようだった。
少し離れた場所にいた時雨が、その様子に気づいて歩み寄る。
「万?」
顔を覗き込むように声をかける。
「っ!」
想羅は肩を震わせ、ようやく意識を引き戻した。
「あ、ごめん。どうしたの?」
「いや、ここで間違いないか聞いたんだ」
「うん。ここで間違いないよ」
「そうか…」
時雨はしばらく考え込んでから、口を開いた。
「もしかしたら、森園さんは、気配を消してるのかもしれないな。万が気配を消せるように、万の神妃である森園さんも消せるだろ?万の話を聞く限り、思慮深い人だから、それくらいの警戒はしていても不思議じゃない」
「確かに、魔王に見つかっちゃぁ元も子もないからね」
焔が、なるほどというように頷く。
「あぁ。それに、見たところこの世界は、どの世界よりも、魔力が満ちている。気配を探りにくい環境ではあるが、それでも万が何も察知できないというのは考えにくい。恐らく、誰かの手を借りているんじゃないか」
「なるほどね、さすがしーくん」
そう言って微笑んでいた想羅の表情が、わずかに曇る。
その変化に気づいたのは、私だけではなかった。
「どうしたの?万」
焔が、不安そうに問いかける。
「大丈夫だよ。けど、ここまで来て、お手上げ状態なのは、きついよね」
誰も何も言わない。
「でも僕、決めたよ。瀬椰さんの記憶の中で、澄を見たときから、こうなることも予想してたんだ」
そう続ける想羅の表情は、あまりにも清々しくて、胸がざわつく。
空を見上げていた彼は、ゆっくりと視線を戻し、改めて私たちを見渡した。
「だからね、神技を使うよ」
そう言って、にこりと笑った。
その穏やかな笑みが、なぜだかひどく恐ろしく見えた。




