しんぎと、けつらく。
「…!!!」
時雨と焔が、明らかに動揺している。
(神技?)
文字どおり神の技なのはわかる。
けれど、二人の反応を見る限り、それはただの神技ではないようだった。
二人がそう反応することも、彼はわかっていたのだろう。
想羅は、静かに目を伏せる。
「言いたいことは、わかるよ」
そう言うと、想羅は私へ視線を向けた。
「神技はね、神にとって最高峰の技なんだ。だけどその分、代償が伴う」
「そう、なんですね…」
あまりにも優しい眼差しで語る彼に、胸が締めつけられる。
その優しさは、きっと澄へ向けられたものなのだろう。
代償がどれほどのものなのか。
神にとって、それがどれほど重い意味を持つのか。
私には、やはり想像もつかなかった。
(神様が代償を払う…私の想像じゃ、まかないきれないよ…)
自然と、首が垂れた。
焔は、何か言おうと息を吸っては、言葉を飲み込んでいる。
時雨は想羅を見つめたまま、まるで魂が抜け落ちたように、ただ立っている。
その拳は、強く握り締められている。
「神技は、代々継承されるんだけど、僕の神技は攻撃系じゃなくてね。広範囲の探索に特化してるんだ。どんな魔法も防御も搔い潜って、対象を見つけることができる。この世界の広さなら、頑張れば全部探索できるかな」
まるで世間話でもするように、想羅は穏やかな口調で続けた。
「その代償は…永遠に視力を失うこと」
「え…」
その能力だけを見れば、代償としては軽いのかもしれない。
けれど、これはある意味、賭けだ。
この世界に澄がいるのなら、確実に見つけ出せる。
けれど、万が一いなかったとしたら、残るのは喪失だけだ。
それに——
「じゃあ…想羅さんは、澄さんの姿を見られないってこと…?」
そこが、何よりも気になった。
誰よりも、その姿を目に映したいはずなのに。
無情な問いだということはわかっている。
それでも、口にせずにはいられなかった。
「そうだね…だけど、これ以上の策はないよ。だから二人も、わかってくれるよね?」
怒ることもなく、想羅は落ち着いた口調でそう言った。
問いかけられた二人は、言葉を返せない。
悔しさを隠しきれない焔と、握り締めた拳だけが感情を語る時雨。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
焔が徐に、想羅へ近づく。
勢いよく肩に手を置くと、そのまま力を込めて首を垂れた。
「万、確かに、それが今の最善だよね。俺も、嫌だけど、そう思う。止められないし、俺は何もできない……」
「焔…」
想羅は少し目を見開く。
予想していなかったのだろう。
焔は顔を上げると、想羅を真っすぐ見据えた。
「…やるなら、あとのことは任せて!俺が、おぶっていくから!!」
その言葉に、一瞬その場の空気が止まる。
「っぷ……ははっ、あははは!」
見たことがないほど、想羅が笑った。
その笑いにつられるように、時雨の拳からも力が抜ける。
「はぁ……なんだよ、おぶっていくからって」
笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、想羅が言う。
焔は心外だと言いたげに、口を尖らせた。
「真剣に言ってんだけど?!」
「いや、真剣だから面白いんでしょ」
そう言って笑う彼の表情は、どこか嬉しそうだった。
ひとしきり笑ったあと、想羅は焔へ視線を向ける。
「それじゃあ、あとは任せたよ。実際、今神技を使えば、僕は立っていられないだろうしね」
少し眉を下げて、想羅は微笑んだ。
そして、未だ黙ったままの時雨へ視線を向ける。
「しーくん、そんな顔しないでよ。本当に大丈夫だからさ」
まるで、「大丈夫なわけないだろ」とでも言いたげに、時雨は顔をしかめる。
「しーくんがそんなに怒ってるの、珍しいね……。本当に大丈夫だよ。これは澄のためにするんじゃないんだ。僕が澄に会いたいからするんだ」
「……そんなこと、わかってる」
拗ねたように吐き捨てる。
「わかってるから、嫌なんだ」
誰にも届かないほど小さな声。
それでも、想羅には届いていた。
想羅は小さく息を吐き、そっと瞼を閉じた。
「…じゃあ、始めるね。神技使ってる間は動けないから、守備はお願い」
「あぁ」
時雨が、間髪入れずに返した。
想羅は片膝をつき、そっと片手を地面へ添える。
次の瞬間、膨大な神気が一気に地中へ流れ込んだ。
同時に、風がぶわりと舞い上がる。
その衝撃は波紋のように辺りへ広がり、髪や衣服を大きく揺らした。
荒れ狂う風は、まるで意思を持つように四方八方へ駆け出していく。
山を越え、森を抜け、街を巡り、誰にも気づかれることなく、この世界を駆け巡っているのだろう。
想羅の神気に導かれるように。
やがて風は、何かを探すように強弱を繰り返しながら、大地を滑るように吹き続けた。
反射的に腕で顔を庇ったけれど、その必要はなかった。
いつの間にか、私の前には、時雨が立っていた。
「目を、瞑っていてください」
悲しげな声に、表現しきれないもどかしさが込み上げてくる。
「…はい」
どれほどの時間が経ったのだろう。
思っていたよりもずっと長い間、荒風は吹き続けていた。
その風は、規則的に強まったり弱まったりを繰り返しながら、やがて少しずつ勢いを失っていく。
(終わった……?)
私は、うっすらと瞼を開いた。
時雨さんの背中の向こうを見ようと、視線をずらした、その瞬間。
ふいに視界が塞がれる。
「時雨さん?」
「見ないほうがいいですよ」
先程よりも、重い。
どこか悲しみを押し殺したような声だった。
「…でも、いずれは見ないとですよ…?」
そう言いながら、私は彼の手にそっと両手を添えた。
そのまま、優しく握り、ゆっくりと下ろしていく。
「っ!」
目に飛び込んできたのは、今にも倒れそうな想羅と、その身体を支える焔だった。
想羅の瞼は固く閉じられ、両目からは一筋の血が流れている。
「……」
見ないほうがいい。
時雨がそう言った理由を、嫌というほど理解した。
目の前で、大事な幼馴染が血を流しながら、視力を失っていく。
それを、ただ見ていることしかできなかった二人は——
どれほど苦しかったのだろう。
どれほど、無力さに苛まれていたのだろう。
「おぶるよ、万」
「う、ん……お願い」
想羅は、声を発することもやっとだ。
焔は眉間に皺を寄せ、今にも涙が零れそうな目で想羅を見つめる。
その表情は、背負われる本人よりも痛々しかった。
それは、時雨も同じなのだろう。
そして、それが彼に見えることは、もうない。
焔は想羅を背中へ負うと、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
ほんの少しだけ重たげな、足取りで。




