いざ、けっこう。
翌日——
作戦決行の日。
話し合った結果、想羅が動けなくなる可能性を考慮して、想羅の家で行うこととなった。
一昨日、三人で話した部屋。
「みんな、連日集まってくれてありがとう」
想羅が深く頭を下げる。
そんな彼のもとへ焔が歩み寄り、肩を軽く叩いた。
「そんなに気にしないでよ…俺たちは来たくて来てるし、澄ちゃんを助けたいからここにいるんだから」
「焔……」
ゆっくりと顔を上げた想羅に、美音が明るく声を弾ませる。
「そうですよ! 何が起きても大丈夫なように、魔法もばっちり予習してきましたから。想羅さんは逆探知に集中してくださいね!」
凩も穏やかに微笑み、他のみんなも賛同するように小さく笑みを浮かべる。
「……頼んだよ、みんな。」
「任せろ」
誰かの声に続くように、次々と返事が重なる。
その声に、想羅はふっと表情を和らげた。
「それじゃあ、万。手を出して」
凩が、想羅に、手を差し出した。
返事の代わりに、その手を握る。
すると、握られた手が淡い光に包まれ、すぐに消えた。
「これで準備完了だね」
「うん、ありがとね信」
目尻を下げる凩。
微かに、恥ずかしさの混じる表情で顔を背けた想羅。
咳ばらいを一つして、私へ向き直った。
「瀬梛さん、さっそくお願いするよ」
「はい。いつでも準備ばっちりです!」
先程の美音につられたように、私も胸の前でぎゅっと拳を握った。
昨日と同じ配置で、それぞれがソファーに腰を下ろす。
「じゃあ、行くよ」
その一言に、少し不安がかき立てられた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
気付けば、私は反射的に声を上げていた。
勢いのまま、時雨のほうを振り返る。
「時雨さん!ちょっと怖いので…手、握っててくれませんか……?!」
「あ、うん」
驚きからか、目を丸くした彼。
思わず敬語が外れていたことが、少しだけ嬉しかった。
けれど、今はそれを気にしている場合ではない。
ぎゅっと握られた手のぬくもりを感じながら、想羅に向き直った。
「すみません、今度こそお願いします!」
想羅は見開いていた目をふっと細めると、優しく微笑んだ。
「ありがとう」
その言葉とともに、私へ向かって右手をかざす。
パァっと、白く染まった世界は、瞬く間に闇へと反転する。
身体から力が抜け落ちていく感覚だけを残し、私の意識は静かに沈んでいった。
閉ざされた瞼を、開ける。
しかし、世界は暗いままだ。
音のない空間。
(この間と同じだ……あれ?)
気付けば、私は歩いていた。
私の意思とは関係なく、身体が前へ進んでいく。
きっと、記憶をなぞっているだけなのだろう。
今の私は、ただの傍観者のだった。
(私がこの記憶にいるなら、想羅さんも、きっと成功してるよね…?)
一抹の不安を抱えたまま、まだ記憶に新しい世界を進んでいく。
次第に、見覚えのある光が見えてきた。
(澄さんだ)
改めて見ても、その光はこちらへ向かってかなりの速度で近づいてくる。
分かっているはずなのに、やっぱり怖い。
やがて、艶やかな暗い青緑色の毛並みがはっきりと姿を現した。
『初めまして、私は澄と申します。訳あって今はこの姿出すが、元は人間です。あなたの名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?』
そして、あの日と同じ会話が続いていく。
やがて、澄の声が少しずつ途切れ始める。
(え、ちょっと待って、ってことは、またあの引っ張られるやつやるの?!)
そう思った途端だった。
身体が勢いよく後方へ引き寄せられ、宙を切り裂くような感覚が全身を駆け抜ける。
(想羅さん…!聞こえているかわからないですけど、あとはお願いします……!!!)
「はっ…!」
息をのみ、弾かれたように瞼を開く。
目の前に広がっていたのは、先程までいた部屋。
私は、時雨の肩にもたれかかっていた。
「あ、ありがとうございます」
慌てて身体を起こし、軽く腰を曲げる。
「いえ、気分はいかがですか?」
「何ともないです」
「それは、よかったです…あとは、万が戻ってくるのを待つだけですね」
「はい…」
タイムリミットは、三十分。
作戦開始前に、想羅が定めた制限時間だ。
その時間が過ぎた場合は、あらゆる手段を使って、彼を連れ戻す手筈になっている。
まだ時計の針はほとんど進んでいない。
それなのに、一分ですら十分のように感じられそうだった。
想羅は固く組んだ両手に額を添え、祈るように目を閉じている。
誰一人として口を開かない。
ただ静かに、その時を待っていた。
きっと、この場にいる全員の願いは一つ。
(無事に戻ってこれますように)




