しぐれの、けねん。
「なるほどな……」
納得したように聞こえる声は、何かを探しているようにも聞こえた。
「つまり、翠さんの記憶を起点に逆探知するのか」
「そう、さすがしーくん」
想羅は一拍置いて続ける。
「しーくんたちの話を聞いてから、ずっと考えてたんだ。僕は"想い"を辿ることができる。記憶に入り込めば、その時間の世界に干渉もできる。瀬椰さんの夢の記憶にたどり着ければ、その先で何があったかも見れるかもしれない、その猫がどこに帰っていったのかも…」
(なんでもありな世界すぎる……)
私は思わず苦笑した。
そんな私をよそに、美音ちゃんが静かに口を開く。
「理論としては成立しますね」
「成立するんだ……」
「想いを司る想羅さんなら、感情が色濃く残る記憶への干渉は得意分野です。それに、翠ちゃんは神妃…神に限りなく近い存在ですから、記憶へ入り込む際も拒絶反応は起こりにくいはずです」
神が他者の精神へ干渉することは、本来なら極めて危険な行為らしい。
神格という強大な存在に精神が耐えきれず、記憶へ辿り着く前に意識を保てなくなることがほとんどだという。
だけど、神妃は違う。
神の神気をその身に宿し、生まれつき神への耐性を持つため、その危険性は大きく軽減されるそうだ。
「なるほどねぇ、その発想はなかったね」
焔が、感心したように口元を緩める。
「さすが美音ね」
燎華が微笑むと、美音ちゃんは少し照れくさそうに笑った。
「えへへ……」
ぽりぽりと頬をかく仕草に、思わず私まで頬が緩む。
自然と部屋の空気が和らいでいく。
散らばっていた糸が、少しずつ一本へと紡がれていくようだった。
作戦の輪郭が見え始めたことで、みんなの表情にも安堵の色が浮かんでいた。
けれど、その中で一人だけ。
時雨は、今も眉間に皺を寄せたまま黙り込んでいた。
私は気になって、そっと彼の顔を覗き込む。
その視線に気づいた時雨さんは、一瞬だけ柔らかく笑う。
けれど、その笑みはすぐに消え、静かに顔を上げた。
「……方法としては賛成だ」
短く告げる。
その声に、迷いはない。
それでも、どこか言葉を飲み込んでいるようにも聞こえた。
「しーくん……?」
不安そうな声が静かな部屋に落ちる。
彼は、小さく息を吐く。
「…問題は、その先だ」
誰もが彼の言葉を待った。
「記憶を辿り、異世界との境界に干渉する」
淡々とした口調。
だからこそ、その言葉の重みが胸に響く。
「想像している以上に、万への負担は大きくなるはずだ」
少し緩んでいた空気が再び引き締まった。
「成功する保証もない。それどころか、境界に飲み込まれれば、帰って来られなくなる可能性すらある」
誰も言葉を返せなかった。
その危険性は、私にも十分伝わってくる。
重たい沈黙の中、想羅は視線を落とした。
「…無謀なのはわかってる」
ぽつりと漏れた声は、どこか自分に言い聞かせているようだった。
「最初は、すごく迷った。今だって、足元が宙に浮いているような感覚なんだ。何を信じればいいのか、何を選ぶのが正しいのか……まだ答えは出てない。」
一度言葉を切り、息を吸う。
「でも、しーくんと瀬梛さんが言ってくれたよね。もし澄が今もどこかで生きていて、一人で頑張っているかもしれないなら……」
その瞳には迷いが残っている、けれど、その奥には確かな決意が宿っているようにも見える。
「今、僕がやるべきことだけは分かるんだ」
その一言には誰よりも強い覚悟が込められていた。
「しーくんが心配してくれてることも分かってる。だからこそ、危険だと分かっているなら、その危険を減らす方法をみんなの力を借りて、考えたい」
そう言って、微笑む。
その笑顔は、こちらまで泣いてしまいそうになるくらい、儚かった。
「……」
何も言えなくなった彼の拳は、誰にも気づかれないように固く握り締められていた。
彼の拳が誰にも見えないところで微かに震えている。
私はそっと手を伸ばし、その拳に自分の手を重ねる。
強張っていた指先から、少しずつ力が抜けていくのが伝わってきた。
「時雨」
ここまでの様子を見届けていた凩が、口を開く。
「僕も、この作戦が今考えられる最善だと思うよ?」
彼は、優しく微笑みながら続けた。
「万の言うとおり、危険を減らすために、僕たちが集まったんじゃないか」
その言葉には、不安を打ち消すような強かな力があった。
「焔たちは顔が広い。情報収集もできるし、いざという時には誰よりも頼りになる」
不意に褒められた焔が、照れくさそうに肩を竦める。
「僕と美音は文献を調べられる。過去の記録から、今回の助けになれる情報を探せるはずだ」
美音も笑顔で頷く。
「そして時雨」
凩はまっすぐ時雨を見つめる。
「君は、僕たちが気づけない危険を見つけてくれる。いつだって、今だってそうだ」
「…そうだな」
力の抜けたような吐息交じりの返答は、思いのほか早かった。




