わずかな、きぼう。
コン、コン、コン——
再び裏口のドアが叩かれた。
「万だな」
そう呟いて席を立ったのは時雨だ。
すぐに戻ってきた彼の後ろから、ふわふわの髪を揺らしながら想羅が姿を見せる。
「ごめん、お待たせ」
「今来たとこだよ」
凩が穏やかに答えると、彼は少しだけ安心したように笑った。
「そっか、ありがと」
その表情には隠し切れない緊張が滲んでいる。
空いている席についた想羅は、焔から順に、私へと視線を移動させた。
そして一呼吸置く。
「みんな、集まってくれてありがとう。もう知っているかもしれないけれど、澄が…いきているかもしれない」
少しの間が、部屋の空気をわずかに張りつめる。
(澄さん…)
想羅の神妃であり、もうこの世にはいないと思われていた人。
知った当初よりも、その名が深く心に沈む。
一瞬、彼の眉が下がったように見えた。
「確証はまだない。でも、もし可能性があるなら、僕は試したい。魔王が十中八九絡んでくる、だから無理にとは言えない。だけど、それでも…助けてほしい」
縋るようにしゃくれ上がる声。
彼は、深く頭を下げた。
その姿に、誰もすぐには声を発しなかった。
けれど、沈黙は拒絶ではなかった。
空気は緩み、優しいまなざしが想羅に向けられている。
「もちろんだ」
沈黙を破ったのは時雨。
「協力しないわけないよね~」
焔がいつもの調子で、軽く笑って言う。
けれどその瞳は、力強い。
「私も!澄ちゃんと想羅くんのためなら、力の限り調べますよ!ね!信」
胸の前で力こぶを握りながら続けた美音が、凩に顔を向けた。
凩も小さく頷き、燎華も黙って同意を示す。
「みんな……ありがとう」
噛みしめるようにそう言った。
「瀬椰さん。もう一度、夢で見た内容を話してもらえる?」
「うん」
私は頷いた。
胸の奥が、少しだけ重くなる。
あれを夢と呼んでいいのか、今でも分からない。
けれど、あの場所で見た景色も、声も、感触も、目覚める直前に身体が引っ張られたような感覚も、すべてが妙にはっきりと残っている。
私は、覚えている限りのことを話した。
暗い場所にいたこと。
猫の姿をした誰かに出会ったこと。
その存在が、澄と名乗ったこと。
そして最後、どこかへ引き戻されるように姿を消したこと。
話し終えると、再び沈黙が落ちる。
それぞれが、私の言葉を頭の中で並べ直しているようだった。
夢だけでは手掛かりが少なすぎる。
そう思ったのは、私だけではないはずだ。
「私は、その夢がただの夢ではなかった可能性が高いと思います」
そう言ったのは、美音だ。
「ただの夢じゃない……?」
思わず聞き返す。
美音は頷き、机の上に置いていた例の本をそっと引き寄せ、広げた。
「夢という形を取っていただけで、本当はどこか別の場所と繋がっていたのかもしれません。たとえば、異世界との接触のような形で」
「異世界……」
口に出してみても、現実味がなかった。
けれど、ここにいるのは神々だ。
私が知らないだけで、世界は私が思っているよりずっと広大で、数多ある——
という説明を受けている。
「神以外の存在が魔法を扱える世界は、決して多くありません。けれど、いくつか確認されています。その中でも、世界を越える干渉が起きるほど魔法が発達した世界となると、さらに候補は絞れます」
「確かに、その可能性は高いね」
焔が、あごに手を当てながら首を少し傾げた。
「可能性の一つなので、断定はできません。でも、夢を通して翠ちゃんに接触できたのだとしたら、少なくとも普通の世界ではないと思います」
普通ではない世界——
背筋がわずかに冷える。
「魔王が関わっているなら、意図的に場所を隠している可能性もあるな」
時雨が低く言った。
「そうだね、だから普通に探すだけじゃ難しいと思う」
想羅が頷く。
その声は穏やかだったけれど、どこか迷いを振り切ろうとしているようにも聞こえた。
そして、そのまま続ける。
「でも、完全に手掛かりがないわけじゃない」
想羅の言葉に、全員の視線が集まった。
「瀬梛さんの記憶には、夢の残像が存在しているはず。まだそんなに日も立ってないから。もしあれが異世界との接触だったなら、そこには繋がった痕跡があるはず」
「痕跡……?」
想像だにしていなかった単語に、話がつながらない。
「うん。夢そのものを探すんじゃない。夢を通して繋がった道を、逆に辿る」
彼は、自分の言葉を確かめるようにゆっくり続けた。
「僕の力なら、瀬梛さんの記憶に残った“想いの跡”に触れられるかもしれない。そこから、夢の中の猫が戻っていった場所を追えるかもしれない」
そんなことが、可能なのか、私の疑念は瞬く間にかき消される。
この人たちは、神——
という事実によって。




