ばんの、ひつう。
「……」
この気持ちを、どう言葉にしていいのかわからなかった。
ただ茫然と、胸の奥で渦巻く感情があるれていくのを見つめることしかできなかった。
「万は昔から人の心が読めたので、簡単には人に心を開きません。仕方のないことですが、神になってからも、それは変わりませんでした」
人の心が読めるということは、人の表と裏、その両方を否応なく知ってしまうということだ。
打算、建前、偽善、保身。
人間なら、多かれ少なかれ誰もが抱えているもの。
けれど、それを望みもしないまま、日常的に見続けるのは、想像以上に酷なことなのだろう。
「だけど、森園さんが現れてから、少しずつ変わっていったんです」
その言葉とともに、彼の表情が初めて柔らかくなる。
「僕も森園さんとは、挨拶に来てくれたとき、一度だけ会ったことがあります。万は言葉にはしませんでしたが、森園さんと一緒にいるときだけは、本当に安心したように笑うんです。幼馴染の僕たち以外の前で笑うこと自体、ほとんどありませんでしたから。
短い時間でしたけど、森園さんが、まっすぐ万と向き合ってくれていたことだけは、すぐにわかりました。
(澄さん……)
夢の中で見た彼女の表情が脳裏によみがえる。
あのときは、ただ心配してくれているのだと思っていた。
けれど今ならわかる。
あれは、焦りだったのかもしれない。
彼女にとっても、想羅の存在は何ものにも代えがたいものだったのだろう。
「焔の話によると、森園さんを失った万は、今まで見たことがないくらい放心状態だったそうです。僕も気が気じゃありませんでした。でも、あの頃の僕には何もできなくて……」
そう語る時雨の表情は、悲しみ、後悔、願いと、百面相のように次々と移り変わっていく。
万をどれほど大切に思っているのか、その一つ一つが痛いほど伝わってきた。
「それから、焔の神妃と森園さんが一緒に作っていた刺繍入りのハンカチを万に渡したそうなんです。そのとき、初めて万は泣いたと聞きました。そこから少しずつ、万は前を向けるようになったそうです。
想神は代々、感受性が豊かなぶん、他の神より狙われやすい存在です。それでも……森園さんとの別れ方は、あまりにも残酷でした。だからこそ、少しでも希望があるのなら、僕は縋ってでも試してみたいんです」
そう言い切る時雨の瞳には、先ほどまで浮かんでいた悲しみや苦しみはなかった。
そこにあったのは、ただ揺るぎない決意だけ。
「……っ」
私は息を呑んだ。
勢いよく立ち上がると、彼の手をぎゅっと握る。
「私に何ができるかは、まだわかりません。でも、一緒に頑張りましょう。
想羅さんのためにも、最後まで足掻きましょう!」
時雨は、面食らったように目を見開いた。
そしてすぐにほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう」
「こちらこそ、話してくれてありがとうございました」
私は胸の内で、小さく拳を握った。
(私のできることを精一杯やろう!)
私は彼に、今後のことを聞く。
「これからどうしていく予定ですか?」
時雨は、少し考えてから答えた。
「明日一度、焔と信に会いに行こうと思っています」
「たより…?」
「もう一人の幼馴染です。幼馴染は全員で四人で、信は、風の神、風神です」
「幼馴染全員神だなんて、すごいですね…」
「あはは」と、から笑いが漏れる。
「言われてみればそうですね。風神は、世界についての記録や、情報を管理する役目を持っているので、異世界のことを聞くには適任です。特に信の神妃は、とても博識なんです。それに……きっとすぐ仲良くなれますよ」
どこか私のことを気にしてくれたような気がして、胸が温かくなった。
「そうなんですね…ありがとうございます」
「今日はもう遅いので、そろそろ寝ましょうか」
「そうですね」
そう返事をして寝支度に取り掛かった。
ベッドに入って、窓の外の空を見つめる。
(今日はいろんなことがあったな)
神妃になったのは、まだ昨夜のこと。
それなのに、一か月は過ぎたような濃い一日だった。
これから来る未来に、期待をのせて、私は目を閉じた。




