しんじがたい、できごと。
——バンッ!!
「万!」
門を勢いよく開ける音と、時雨の切迫した声が連呼した。
私は彼に抱えられたまま、怒涛過ぎたここまでの道のりを思い出す。
神人界についた瞬間——
「翠さん、すみません。急ぐので」
「え、あ、はいぃ…!」
返事半ばで、横抱きされたと同時に、風が身体に打ち付けられた。
反射的に目を強く瞑っていたため、どうたどり着いたかはわからない。
ただ、時雨にしがみついていた。
(正直開けてても、見る余裕なんてなかったけど)
彼の焦りから、走っていくのかなと思っていたが、あれはもはや、飛んでいた。
そういえば神様だったと、ひしひしと実感した。
けれど、瞼の間から微かに見えた彼の表情は、見たことないくらいに焦っていて、私も動機が速くなっていった。
(とにかく、無事にたどり着けて良かった)
「しーくん!」
嬉しそうに振り返った彼は、目では追いつけない速度で目の前まで来た。
(この速さが、普通なのかな…?)
私は、苦笑いを浮かべて、彼を見る。
すると、想羅も私のほうを見て、言った。
「神妃になったんだね、おめでとう」
「ありがとうございます」
「しーくんのこと裏切ったら、地獄の果てまで追いかけるから、肝に銘じておいてよ」
ほっとしたのも束の間、ぷくーっとほっぺを膨らませて、柔らかく睨まれる。
その様子が、微笑ましくて、私は笑いながら、返事をした。
「はい」
「それで、どうしたの?」
時雨の異変に気付いていたのか、真剣な表情で首を傾げた。
「話したいことがあるんだ、中に入れてくれないか?」
「…わかった、こっちだよ」
門をくぐった瞬間、冬の始まりのような香りが風に乗ってくる。
辺りは、霧がかっているのに、空は晴れていて、不思議な空間だ。
そして何より——
(ここは、宮殿?)
空を支えるために建てられたのではないかと思うほど巨大な列柱。
一本一本が純白の大理石から削り出されていて、その表面には雲の文様が刻まれている。
吹き抜けになっている回廊を、進んでいく。
しばらく歩いたところで、扉が見えてきた。
どの部屋にも扉がついていないのに、その部屋だけは扉がついている。
人では開けられないと容易に想像できるほどの大きさで、こちらも美しい彫刻が施されている。
想羅が近づくにつれ、扉がゆっくりと開いていく。
そして、後方の私が入ったと同時にバタンと閉じた。
「これで、誰も僕たちの話を聞けなくなったよ、とりあえず座って」
想羅はそう言って、部屋の真ん中にあるソファーに腰かける。
「あぁ、ありがとう」
「失礼します」
想羅の向かいに座った彼に続いて、私も隣に腰掛ける。
「それで、話って何?」
時雨は、言葉を選び取るように、ゆっくりと口を開く。
「万、落ち着いて聞いてくれ。まだ、定かではないんだが、もしかしたら…森園さんが生きているかもしれない」
「「え」」
予想だにしなかった言葉に、私は固まった。
(生きてるかもしれない?…森園さん…?澄さんかな?)
出来事の流れ的には、澄のことだろう。
私は、そっと、想羅の方を見る。
動揺を隠せていない彼の瞳には、疑心と微かな光が宿っているようだった。
「翠さん」
「は、はい」
彼に呼ばれ、背筋が伸びる。
想羅もこちらに視線を向けた。
「夢で見たことを、もう一度話してくれる?」
私は頷いて、夢の内容を話した。
「以上です」
話を終えた私は、想羅の様子を伺った。
先ほどと変わらず、いろんな感情が混じり合ったようで、けれど戸惑いが一番顔を出しているみたいだ。
静寂が流れる。
私も彼も、想羅さんを待った。
息を吸う音。
息を止めていたのだろうか。
感情が漏れ出るように、彼は言葉を紡いでいった。
「え…生きてるって、そんなはずないよ……彼女は、澄は、死んだはずだよ、それに僕は澄の存在を感じない…もうずっと、感じ取ってないんだよ……?」
声が震えていた。
最後のほうは、どこか縋るような、言葉には表しきれない、絶望が浮かんでいた。
「澄は、百二十年前のあの日、僕の目の前で…」
「…」
その先は、続かなかった。
見ているこちらまで、息苦しくなるくらいに、彼は眉間に皺を寄せていた。




