かのじょの、しょうたい。
一抹の不安を抱きながら、私はどう答えるのが最善かをひたすら探した。
けれど、彼女の視線からは、縋るような、祈るような—―
そんな焦りがあるように見えた。
私は、コクリと首を縦に振る。
すると澄は、信じられないとでも言いたげに目を見開いた。
けれどすぐに真剣な表情に戻り、話を続ける。
『やっと…彼を知っているなら、よかったです。翠さん、お願いがあります。大変なお願いなので、断っていただいても構いません…わた………ば…………』
澄の声が聞こえにくいと思ったのと同時に、明かりが消え、暗闇が戻ってきた。
音も聞こえなくなり、焦燥感に襲われる。
(え!?待って!まだ大事な部分聞いてないんだけど…!!!)
彼女の名前を叫ぼうとした瞬間、私の身体は勢いよく後ろに引かれた。
「っ!」
(今度は何なの!?)
何に引っ張られているかもわからないまま、空中を進んでいく。
(さすがに、怖いんだけど!)
ぎゅっと目をつむると、意識が途切れた。
切り替わったように、重力を感じる。
「す……ん、翠……、翠さん!」
(この声は、時雨さん?)
「…っ」
重い瞼を開けると、眉間に皺を寄せてこちらを覗き込んでいる彼が映る。
「どこか痛みますか?嫌な夢でも見ましたか?」
とっさに声が出ず、私は首を横に振った。
「すごく、うなされていましたよ」
彼の手が伸びてきて、私の目元をさらった。
「どうして、泣いているのですか…」
心配そうな時雨。
安心させたいのに、うまく声が出せない。
(身体も、動かない…)
私よりも苦しそうな彼。
なぜか、心にぽっかり穴が開いたように悲しい気持ちが溢れている。
どうにか力を振り絞って、右手を彼のほうに持っていく。
その手をすかさず捕まえた彼の手を軽く握って、目尻を下げる。
握り返されたのを感じながら、私は再び眠りについた。
「…ん」
瞼越しでも感じる日差しに、私は目を覚ます。
右手に重みを感じて、起き上がりながらそちらに顔を向ける。
時雨が、手を握ったまま突っ伏している。
(ずっと握っていてくれたのかな)
彼の顔を、見つめていると、彼の瞼が開いって、そのまま状態を起こした。
「おはようございます。辛いところはありませんか?」
「まだ少しぼーっとしますけど、大丈夫です」
私がそう答えると、彼はほっとしたように息を吐いた。
「よかった…朝食食べられそうですか?」
「はい、けど時雨さん、一度ちゃんと横になって寝てください」
ずっと椅子に座ったままなのは明らかだ。
神様だから、何の心配もいらないことはわかっているが、私の感覚だとどうしても心配が勝ってしまう。
彼は少し微笑んで言った。
「大丈夫ですよ、もともとそんなに睡眠は必要ないですから」
彼はそう言うけれど、いつも以上に顔が青白い。
「けど、顔色悪いですよ?」
今度は困ったように眉毛をハの字にした。
「翠さんに渡した分の補填ができてないだけです、貧血みたいなものなのでそんな顔しないでください」
「どうしたら補填されるんですか?」
「休んだら回復します」
「なら、今から私ももう一度寝るので、時雨さんも部屋で眠って回復させてください」
彼は不服そうにしながらも、「わかりました」と言って、部屋を出て行った。
(ちゃんと休んでくれるかな…)
少しの疑念を抱きながらも、再び目を閉じた。
傾いた日の光の色。
身体が先ほどよりも軽くなっている。
私は伸びをしながら、ベッドから降りた。
身支度をしようと、鏡の前に立った途端、私は驚愕した。
「!?」
黄玉色の髪。
少し青みがかった瞳。
鏡に映っているはずの自分の姿が、昨日とは違っている。
時雨の瞳と髪の色が、反対になって私に反映されていた。
「…こんな副作用もあるの」
似合ってないなと苦笑しながら、身なりを整えた。
一階に降りると、籠いっぱいの野菜を持った彼とばったり会う。
(よかった、顔色がよくなってる)
「体調は良くなりましたか?」
彼の元へ進みながら聞いた。
「おかげさまで、翠さんも元気になりましたか?」
「はい!」
そこでふと彼の姿に疑問を抱く。
「ところで、その野菜は?」
「夜ご飯を作ろうと思って、裏庭から採ってきました」
「…栽培までしてるんですか?」
その徹底ぶりに、思わず息が漏れる。
「はい、やっぱり一から作ると楽しいので」
そう言った彼の目は、少年のようで、こちらまで幸せな気持ちになった。
「さすがですね、私も一緒に作っていいですか?」
「は、はい、もちろんです」
机の上にあったエプロンを手に、彼について厨房に入っていった。
調理を終え、ご飯を食べながら、私は夢で見た内容を彼に話した。
張り詰めた表情の彼は、私の話が終わると少し考えて、口を開く。
「その猫は、澄と名乗ったんですよね?」
「はい、間違いないです」
「見た目の詳細は覚えていますか?毛並みの色とか」
「うーん…」
目を閉じて、記憶をたどる。
「うろ覚えだし、暗かったから正確ではないかもしれないんですけど、毛並みは、暗い青緑色で、目は灰色っぽかったかな?」
自信がなくて、自然と首が傾く。
「そうですか…、僕の知る限りだと、その色を持っていて、万のことを知っている…しかも澄と名乗った。そんな人物は一人しかいないです」
「知ってるんですか?」
彼は、静かに頷いた。
「万の神妃です」
どこかそんな気はしていた。
彼に比べてかなり礼儀正しかったが、まとっていた雰囲気がどことなく似ていた。
「とりあえず、一度万のところに行きましょう」
「そうですね」
居ても立っても居られないと伝わってくるほどに、焦った顔の時雨。
事の重大さが垣間見えたような気がして、落ち着いていられなくなる。
急いで片づけを終え、私たちは神人界へのドアを開いた。




