ふたりの、かんけい。
数日後——
「よし!」
あの日から数日が経った休日の昼過ぎ。
私は、トランクに荷物を詰め終えていた。
すると、
「ワン、ワン!」
勢いよく視界に入ってきたのは、緑雨だ。
「今日も元気だね」
緑雨が飛びついてくるのにも慣れてきて、愛おしさが込み上げてくる。
わしゃわしゃと、頭をなでながら、
「そろそろ行こうか」と緑雨に問いかける。
「ワン」と一声。
先日の話し合いで、私の仕事と家はとりあえず、そのままで、住む場所だけ、彼と一緒に、という形で収まった。
(あそこ地図に載ってなさそうだもんね)
外に出ると、強い日差しに目がくらむ。
すぐに日傘を開いて防御する。
暑さに気が滅入りそうになりながらも、どこか弾む心が、セミの鳴き声と音楽を奏でそうだ。
もう歩きなれた道を進んでいく。
カランラン———
「こんにちは…」
いつもとは違う目的で来ているせいか、気後れする。
そんな私とは裏腹に、ゆっくり振り返った彼は、いつも通りはにかんだ。
「こんにちは、今日も暑いですね。冷たいお茶淹れますね」
「あ、ありがとうございます」
「はい、どうぞ」
「いただきます」
自然すぎる流れに少し恥ずかしさが込み上げてくる。
「その時雨さん、今日からお世話になります」
軽く会釈をして私は言った。
「自分の家だと思って、気兼ねなく過ごしてくださいね、時差だけ慣れないと思うので、それ用の時計を作っておきました」
目の前に差し出されたのは、木でできた置時計。
(なんという準備の良さ)
見た目がとても彼らしいなと、目尻が下がる。
「大事に使わせていただきます」
そう言って受け取ると、彼は嬉しそうに笑った。
それから、一息つき終わって、私は店内以外の場所を一通り案内してもらっていた。
「こんな感じですね、またわからないことがあれば聞いてください」
「はい、ありがとうございます」
「では、翠さんの部屋に行きましょうか、荷解きもあると思うので」
「あ、お願いします」
二階の廊下を進んでいき、突き当りの部屋が私の部屋のようだ。
「こちらです」
「失礼します」
木と竹で雰囲気が統一された部屋は、住むにはもったいないと思うほどに癒されそうだ。
ところどころに植物が生い茂っていて、天井のステンドガラスからは、日の光が入り込んで反射している。
「時雨さん…」
「はい」
「ちょっと、最高すぎませんか、このお部屋」
私が真顔で言うと、軽やかな笑い声が聞こえてきた。
「気に入っていただけて嬉しいです」
軽く握った拳で口元を隠しながら笑った彼の姿は、様になりすぎていて心臓に悪い。
「では僕は夕飯の準備をしているので、何かあれば呼んでください」
「ありがとうございます」
去っていく彼の背中を目で追いかける。
(時雨さん、隙がなさすぎる)
とっつきにくいという話ではない。
配慮が高レベルすぎて、むしろ無理してないか心配になってくる。
(これも、神だからなのかな?)
もはや神であるということだけで、すべての理解不能情報を処理できそうだ。
そんなことを思いながら、私はトランクに手をかけた。
荷物を片付けていけばいくほど、部屋の細部に動きが止まる。
タンスの彫刻も、サイドテーブルの利便性も、すべての家具に、装飾と使いやすさが施されていて、感動の連続だ。
(全部時雨さんが、作ったんだよね…?)
「噓でしょ…」と思わず呟く。
けれど、彼の場合どこかから買ってきたなんてことはなさそうだ。
今まで接してきた中で、彼自身が作ったものでないものを見たことがない。
この家ですらそうなのだから、その線で間違いないだろう。
(すっごい金額で売れそう)
なんて邪心を抱いてしまうほど、非の打ちどころのない精度だ。
そんなこんなで荷解きが終わったころには、日が沈んでしまっていた。
照焼のようなにおいが鼻をかすめる。
(いい匂い~)
私は美味しそうな香りに誘われて、下へ降りた。
「終わりましたか?」
エプロン姿の彼。
「はい」
「では、ご飯にしましょう。そのあとに神妃になる方法についてお話しますね」
(あ、そういえばそうだった)
忘れていたわけではないが、気にしていなかった自分に少し驚く。
「お願いします」
そして、照焼チキンをはじめ、バランスよく献立された夕食を頬張り、一息ついたころ、時雨は少し言いにくそうに、例の件を話し始めた。
「神妃になる方法なんですけれど、方法は簡単なんです。僕の身体に流れているオーラのようなものを翠さんに流すイメージです。ただ、異物を取り入れるようなものだから、翠さんの身体が適合するまで、かなり身体的にしんどいおもいをさせることになります」
(だから言いにくそうにしてたのね)
言い終わった後の彼の顔は、本当に申し訳なさそうで、私は不思議と不安は抱かなかった。
「時雨さんが悪いことしてるわけじゃないので、そんな顔しないでください。ちょうど明後日までお休みなので、今日しちゃいましょうか」
「え、」
私の返答が予想外だったようで、驚きながら徐々に頬が赤くなっていくのがわかる。
(それは、私も予想外)
つられて顔が熱くなる。
私は少し不安に思えて、「もう少し後のほうがいいですか?」と問いかけた。
すると彼は、ビクッと慌てたように、両手を胸の前で横に振った。
「そんなことないです…!」
普段の彼からは想像し得ない動作に、くすっと笑ってしまう。
「ならよかったです」
彼もほっとしたような眼差しでこちらを見ている。
その表情が、あまりにも優しくて、なぜか居た堪れなくなる。
「では、寝る準備が整ったら、お声がけください」
「わかりました」
現実味がないからか、どこか他人事のように感じているのだろう。
(まぁ、ここまで来たらなるようにしかならないよね)
さらに言えば、時雨に好意を抱いていることは誰の目から見ても明らかだ。
もはや、「こんな、え、いいんですか?」レベルの出来事である。
(その分の反動は大きそうだけど、それでも)
私の気持ちは、変わらないのだろうという根拠のない確信が背中を押してくれていた。




