すいの、きもち。
「とりあえず、ご飯にしましょうか。何が食べたいですか?」
切り替えの早さに、少し驚きながらも、これ以上この空気には耐えられなかった私は、心の底から感謝した。
「なんでもいいです」
気が抜けたからか、素が出てしまった。
「わかりました、作ってくるので座って待っていてください」
厨房に入っていく彼を、目で追いかける。
(…かっこよい)
そう思った瞬間、頭をぶんぶんと横に振り、自分を律した。
(いやいや、これから一緒に住むっていうのに、見惚れてる場合じゃないよ…心臓持つかな…?)
不安に思いながらも、どこか心は踊っていて、湧いてくる感情に見覚えはあるが、まだそっとしておきたかった。
それから戻ってきた彼と、食事をとり、食後のお茶を飲みながら、これからのことを話し始めた。
「いつからにしますか?」
彼は一息つきながら、そう問いかける。
「私は、荷物をまとめたいので、来週以降ならいつでもいいんですけど、時雨さんはいつが都合いいですか?」
「僕は、いつでも問題ないので、好きな時に来てください、部屋もすぐに作れるので」
「あ、そうなんですね…?」
(ん?今さらっとすごいこと言ってなかった?)
「え、っと部屋を作るんですか?空き部屋とかではなく?」
「はい」
「なんで驚いているんだろう」とでも言いたげな、きょとんとした彼の表情に、自分の感覚がおかしいのかと錯覚してくる。
(いつかこういうのが普通に思う日が来るのかな)
私は苦笑いしながら、うなずいて、話を進めた。
「時雨さんが大丈夫なら、荷物がまとまり次第きますね」
「はい、お待ちしてます」
そこでふと、自分でも予想外な問いが口から発せられた。
「神妃になるには、どうしたらいいんですか?」
「へっ?」
時雨は、不意を突かれた表情で、また固まった。
「え、」
対する私も、一気に熱がこみあげてきて、手に持っていたティーカップを慌ててソーサーに戻し、両手を振りながら弁明する。
「ち、違うんです!いや、違わないんですけど、その、一緒に住まわしてもらうのに、曖昧なままで過ごすのもどこか気が引けるというか、時雨さんは、神妃になってほしいって言ってくれてましたし、嫌でもないから、その…」
彼の顔を直視できなくて、視界があちこちに揺れる。
(何てこと言っちゃったの、私!言うつもりなかったのに、というか自分でも驚きなんだけど!?)
感情のジェットコースターに苛まれながらも、ここで決断をしなければこれから先決断できそうにないと私は直感した。
(もうここまで来たら、恥ずかしいも何もないよね!)
今まで迷っていた時間は何だったのかというほどに、さらっと心が決まる。
私は、流れるように彼を見た。
理解が追い付いていない表情。
その姿に胸を締め付けられる。
(もう十分、気持ち持ってかれてるよね)
ふっと笑みがこぼれ、一度目を伏せて、私は口を開いた。
「時雨さんが、よければ、なんですけど、時雨さんの神妃にしてくれませんか?」
今回は目をそらさず、彼の返答を待つ。
心地よい風と共に、葉っぱが揺れる音が耳に届いて、今まで心に引っかかていたものが解けたように体が軽くなった。
それと同時に自分がどうありたいかも決められたように思えた。
彼は一瞬私から視線を逸らす。
その動作に、不安が押し寄せたのも束の間、すぐに戻ってきた視線は、柔らかいものだった。
「…もちろんです」
吐息交じりにそう答えた彼。
「ありがとうございます。翠さん」
そう続けて言った。
「こちらこそですよ、時雨さん」
私は、安堵とうれしさで、口角が上がる。
それにつられたのか、時雨の目尻も下がった。
「これから、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
お互いにお辞儀をして、また、微笑み合った。
いつの間にか日が傾いて、辺りはオレンジ色に包まれている。
(これからどうなるんだろう)
出会って間もない時間で、想像以上の展開が起こり続けていた。
私は、一抹の不安を抱えつつも、彼の力になりたいと、そのために何ができるのかと、ぼんやりと思考を巡らせた。




