こたえの、こたえ。
「……」
(固まっちゃった)
彼は、表情も変えずに立ち尽くしている。
そのまま時間だけが流れ、居た堪れなくなった私は、声を絞り出した。
「そ、その自分のことながら、はっきりとしてない部分も多いですし、とんでもないことを言ってしまっているのかもしれないけれど、それでも、いいと思えるくらいには、覚悟を決めれていて、だから、その…」
着地点を見つけられないまま、つらつらと並べた言葉はプレゼンなら及第点にも満たないだろう。
(歯切れが悪すぎる)
居た堪れない気持ちがさらに加速し、へこむ。
視界が、木目上の床に支配され、彼の声が聞こえてくるのを待った。
「…」
「…」
(そろそろ、私の限界が来ちゃうよ)
目をぎゅっと瞑って、ゆっくり開きながら彼を盗み見る。
そこには、数分前と変わらぬ彼。
胸のあたりが、ガクッと崩れ落ちる感覚は、まるでジェットコースターだ。
(そんなに固まらなくてもよくない?!男女が一緒に住むならもうそれは結婚ともほぼ変わんないじゃん!)
それは人によるが、私は比較的古風な恋愛観の持ち主だという自覚はある。
段々とアドレナリンが分泌されてきたのか、身体が熱を帯びてきた。
それでも待つしかない私は、気を紛らわせようと、頭の中で羊を数え始めてみた。
(羊が、一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が……)
時間の進みが五倍くらいに感じられる中、ようやく服のこすれる音が耳を掠める。
「…もちろんです」
文字通り彼の時は、止まっていたようだ。
待ち望んだ声が聞こえた瞬間、一目散に視線が彼をとらえる。
穏やかに微笑んでいる時雨の頬は、珍しくほんのり赤く染まっていた。
目尻は、光が反射して、キラキラしている。
そんな彼の表情は、先ほどまでの私の感情を一気になだめた。
「翠さん、その、ありがとうございます」
言葉は短いけれど、なんとなく、その言葉にたくさんの感情がのっているような気がした。
ふと、私と彼が出会う前の話が思い浮かぶ。
私には想像もつかないほどの長い長い時間。
それはどれほど耐え難いものだろうか。
一人で大丈夫だという人もいるけれど、一人でも大丈夫だと言い聞かせて踏ん張っている人もいる。
それはどうしようもないことで、耐えるしかない状況もたくさんあるだろう。
彼が時折、儚げで、強いのに消え去ってしまいそうな不安定さを感じるのは、耐え抜いた時間が長すぎるのかもしれない。
そう思うと、苦しくなった。
開いていた二人の距離を近づけようと、一歩、また一歩、彼に向って足を進める。
あと一歩の距離で止まった私は、彼を見つめて、こう言った。
「これから、よろしくお願いします」
時雨は、少し眉間にしわを寄せ瞼を閉じた。
再び開かれた眼は、覚悟が決まったように、煌めいている。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そういって微笑みあった二人には、それ以上の言葉は必要なかった。




