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君と紡いだ宝物。──路地裏から始まる物語  作者: 朝凪 紡


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20/21

わかいの、あと。

私は、しばらく想羅から目が離せなかった。

不意を突かれた――ただ、それだけのことだった。

けれどその沈黙は、傍から見れば、ひどく間の抜けたものか、あるいは見惚れているように見えたかもしれない。


「……ゴホンッ」


右からの咳払いに、はっと現実へ引き戻される。

視線を向けると、焔がにやにやとこちらを見ていた。

気まずさをごまかすように、頭の端に引っかかっていた疑問をそのまま口にする。

「えっと……でも、どうして想羅さんを“闇落ち”させるのに、私が関係あるんですか?」

「今回の本命が僕だったからですよ。その過程で、万も堕ちてくれたらラッキー――くらいに考えてたんでしょう、きっと」

「えぇ……?」

返ってくる言葉は、どれも予想の斜め上をいく。

「時雨は、よくも悪くも隔離されていたからね。封印が緩んだ途端、抑えが利かなくなったんだよ」

焔はケロッと笑っていたが、その目の奥には、わずかに影が差していた。

「とはいえ、魔王もやりたい放題というわけではありません。今代の魔王はやんちゃが過ぎて、普段は封印されていますし……呪いをかけるにも、相当な魔力を消耗するはずです。本来なら、封印が解けるまで、まだ時間があったはずなんですが――」

言葉は、そこで途切れる。

時雨はわずかに俯き、眉をひそめていた。

「……神と神妃が出会うとき、縁が結ばれる反動で世界に歪みが生じます。その瞬間、封印も一時的に緩んだんでしょう」

(それは……どうしようもないよね)

私は心の中で小さく頷く。

「ということは、時雨さんを闇落ちさせるのに、私の存在が必要だったってことですか?」

このときの私は、自分が彼にとってどれほどの影響力を持っているのか、まだ分かっていなかった。

「……」

沈黙が落ちる。

(……聞かないほうがよかったかも)

私はそっと様子を窺う。

焔も想羅も、同じように時雨を見つめていた。


そして――

「……それは、」

(それは……)

息をひそめて、続きを待つ。

「ま、魔王が“神妃”を誘拐して、神を闇堕ちさせるのが趣味なんです」

珍しく言葉を詰まらせる彼に、

「悪趣味ですね」

間髪入れず、言い放った。

「ほんとだよね~」

そう言った焔へ視線をやると、頬杖をついたままニヤニヤしている。

なぜかいたたまれなくなり、そのまま想羅へ視線を移すと、すっと目を逸らされた。

「けどまあ、しばらくは魔王も動けないでしょ。翠ちゃんも、少しは安心していいよ。時雨の守護もついてるみたいだし」

パン、と手を合わせて焔が言う。

「はい……」

(守護がついてるかまで分かるんだ……)

感心していると、自然と皆の視線が想羅へ向いた。

当の本人は、肩身が狭そうに身を縮めている。

そのとき――

想羅の右手が、私の目の前まで伸びてきた。

そして白い紙をひとつ残して、すっと引っ込む。

視線で促されるように、それを手に取る。


“ごめんなさい”


丸みのある、やわらかな字だった。

顔を上げると、想羅はまっすぐこちらを見ていた。

「……許してほしいとは思ってない。でも、怖い思いも、苦しい思いもさせてしまって――本当に、すみませんでした」

そう言って、深く頭を下げる。

「え……い、いえ。想羅さんが無事で、よかったです」

それが、素直な気持ちだった。

「……」

空気が静まり返る。

(え?私、何か変なこと言った……?)

「しーくん、この子……ちょっと危ないかも」

想羅がぼそりと呟く。

「……」

何とも言えない顔で、時雨は彼を見上げた。

「はははっ!」

やがて視線を落とし、目を閉じたまま無言で首を振る。

その様子に、焔が堪えきれず笑い出した。

正直、自覚はある。

だから何も言い返せず、私は苦笑するしかなかった。

(直そうと思って、いろいろ試してみたんだけどな~)

対人系の本を読み漁ったり、格闘技を始めてみたり、とにかく調べまくったり……

けれど、あまり成果は上がらなかったのだ。

「なんか、すみません」

不甲斐なさに、ぽろっと一言。

「別に、謝らなくても――それと、ありがとう。僕が言うのも変だけど、瀬梛さんに大事なくてよかったよ」

「あはは…ありがとうございます。改めて、これからよろしくお願いします」

軽く会釈をして、再び彼の顔を見る。

ほんの少し、口元がほころんでいた。

「こちらこそ、よろしく」

一拍置いて、

「それと、僕、敬語使わないから、君も使わなくていいよ」

「わかりまし、じゃなくて、わかったよ」

言葉にしてみると、なんだか少し照れくさいものだ。

けれど、張り詰めていたものがふっと解けて、そっと胸をなでおろした。


「あ!そういえば、想羅さんに聞きたいことがあるんだけど、」

一度誘拐されたからか、彼との距離感に遠慮がないことに、自分でも驚く。

これも、神の作用なのかと疑ってしまうほどだ。

「何?」

(ずっと気になってたんだけど)

「想羅さんって…心、読めたりする?」

「なんで、そう思うの?」

(なんで…これといった決定打はないけれど、)

「ただなんとなくなんだけど、話してた時に、違和感があったというか、私が言おうとしたことに先回りされたような感じがして…」

(やっぱり気のせい、かな?)

応えているうちに、考えすぎな気がして、段々と声が小さくなっていった。

「……案外、鋭いんだね、そうだよ。僕は、他の人の考えが聞こえてくるんだ」

“案外”は、言わなくても良くない?と思いつつも、話を進める。

(というか、聞こえてくる?)

「ずっと、みんなの心の声が聞こえてくるってこと?」

「うん、同じ空間にいればね。ドアとか壁を挟むと聞こえないんだけど」

その話をしている間の彼は、どこかうんざりしたような、それでいて寂しげな横顔をしていたように感じた。

「それは…善し悪しが極端そうだね。教えてくれてありがとう」

「…どういたしまして」


少し間が開いた、想羅。

お礼を言った翠の笑顔が、ある人と重なって見えたからだ。

それもあってか、久しぶりに心から笑みがこぼれたような気がした。


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