せまる、けつい。
「話も終わったことだし、俺らはそろそろ帰ろっか、万」
椅子を引いて立ち上がった焔に続いて、想羅も、一度嚙み締めるように目を伏せ、立ち上がる。
「そうだね。いろいろ迷惑かけてごめん…あと、ありがとう」
その言葉に、みんなが微笑む。
私たちも二人を見送ろうと腰を上げ、四人で厨房横の裏口へ進んだ。
「じゃあね~時雨、翠ちゃん。落ち着いたら、こっちにも遊びに来てね」
そう言った焔の隣で、想羅は手を振っている。
(想羅さんって、ちょっとチャーミングだよね)
心の声を浮かべたと同時に、まずい、と想羅に目を向けた。
案の定、ジト目でこちらを見ている彼。
私は心の中で、謝罪を述べた。
「あぁ、世話かけたな、焔。万も、ゆっくり休んでくれ」
「お二人とも、お気をつけて」
二人は頷いて、神人界へ帰っていった。
ガチャ…バタン――
二人が帰ったあと、私も程なくして帰路についた。
ボフンッ!
寝支度を終え、ベッドにダイブすると、時雨との会話が蘇る。
「翠さん、提案があるんですけど…」
少し気まずそうにしている彼は、耳がほんのり赤くなっている。
「はい」
何を告げられるのか、予想もつかず、身体が強ばる。
「無理にとは言いませんし、本当に翠さんが、良ければなんですけど、その、一緒に、住みませんか?」
「ぇ……えぇ!?」
日本語のはずなのに、理解が追いつかない。
驚きのあまり、体の動きがぎこちなくなり、思わずカタカタと震えてしまった。
今思えば、ただのやばいやつの挙動だ。
「いぃい、一緒にって……私と時雨さんがですか…?」
「そうです。時差を把握しておけば、長く休めますし、何か違和感があれば、すぐに気づけますので…もちろん、僕のわがままなので、無理強いはしません。
一度、考えてみてくれませんか?」
「ぅ…」
彼の真剣な表情に、戸惑いがどこかへ連れ去られた。
「わ、かりました」
(そんな顔で見つめられたら、すぐには断れないよ…というか、あれ?)
"時差"という単語に、引っかかった。
「時雨さん、ずっと聞きたかったんですけど、」
「はい」
首を傾げる彼。
「ここと、私の世界の時間って、ずれてますか?」
「そうですね、約六倍ほど翠さんの世界よりも時間の進みが速いです。お伝えしてなかったですね、すみません」
顎に手を当ながらそう言った彼は、さながら絵画モデルのようで、しばし見惚れた。
すぐさま、心の中で自分のほっぺたを引っぱたいて、現実に連れ戻す。
「やっぱりそうなんですね、謝らないでください。ちょっと得した気分になれますね」
心躍る新事実に、口角が上がった。
それにつられたのか、彼の目尻も下がったように見えた。
少しの間見つめ合い、彼がふいっと視線を外して、咳払いをした。
「一度、帰宅されると思うので、この子を連れて行ってください」
彼の右肩から、ピョコっと何かが顔を出す。
「何かあれば、守ってくれます」
徐々に輪郭を現したのは、時雨と同じ髪色のふわふわとした毛並みをもつ、小さな犬だった。
「か…」
「…か?」
不思議そうにこちらを眺める時雨。
「可愛いーーー!」
あまりの勢いに、彼は肩をびくつかせてしまい、犬も肩にしがみついている。
私は、目を煌めかせた。
「時雨さんが、飼ってるんですか?」
「はい、いつも僕のサポートをしてくれてる、相棒みたいな子です」
犬の頭をなでながら、そう言った彼に応えるように、クゥ~ンと鳴いている。
そして、私の方を見つめ、ワンッ!と鳴いて、私の肩に飛び移った。
「こんにちは。お名前は何と言うんですか?」
小さな頭を、すりすりしながら聞いてみる。
「緑雨です」
「きれいな名前ですね!よろしくお願いします」
と、一声かけると、ワンワンッと勢いよく返ってきた。
「時雨さん、お世話になりました。また、落ち着いたら来ますね」
「翠さんが無事で、本当に良かったです。……また、お会いできるのを楽しみにしています」
(う~ん……)
どうしよう――
これが、帰り道から今に至るまで、考えて、悩んだ末に出た感想である。
(というか、唐突すぎない?)
けれど、彼は今に至るまで、長いこと待っていたわけで、強ち唐突でもないのかもしれない。
(それでも私にとっては、急展開すぎるの…!)
枕に顔を埋めながら、声にならない音で溜まっている感情を吐き出した。
「クゥ~ン」
聞きなれない鳴き声に、顔を向けると、緑雨が眉を下げてお座りしている。
「よしよし、なんて可愛いの!…出来るだけ早く、返事しないとね」
緑雨の頭を撫でながら、ぼそっと呟く。
「今日はもう寝ようか、おいで緑雨」
ワンッ!
決めきれない気持ちを、静めるように目を閉じた。




