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君と紡いだ宝物。──路地裏から始まる物語  作者: 朝凪 紡


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21/21

ふみこむ、けつい。

数日後――


彼の提案から、気づけば日が過ぎていた。

そろそろ返事をしなければと、意を決して布団から起き上がる。

「ふぅ……」


ここ数日、考えすぎて息が詰まりそうだった。

けれど結局、答えらしい答えは出なかった。

(無駄に時間を過ごしただけかもな)


――いや、一つだけあった。


一緒に住むこと自体に、抵抗はない。

それに気づいたのは、仕事の休憩中。

ぼんやり弁当を食べていたときだった。

驚いた拍子に、箸からウィンナーがぽろりと落ちる。


……あの瞬間の自分の顔は、思い出したくない。

そこからさらに考えた。

じゃあ、なぜ頷けないのか。

答えは出なかった。

「……うーん」

今日こそ決めようと、窓辺に手をかける。

(……あ)

ふと、思い至る。

(一緒に住んだほうが、時雨さんの負担が減るんじゃ……)

まだ私は、神妃になるかどうかさえ決めきれていない。

それでも、繋がりがある以上、異変には気づいてしまう。

なら、最初から近くにいたほうがいい。

そのほうが、きっと――

(……ああ、そっか)

答えは、とっくに出ていたのだ。

彼だから、一緒に住めると思った。

その時点で。

足りなかったのは、覚悟だけ。

そう気づいた途端、胸の奥がすっと軽くなる。

「……よし」

小さく息を吐いた。



身なりを整え、緑雨の前でしゃがみ込む。

「お待たせ。行こっか、緑雨」

「ワン!」

元気よく返事をした緑雨が、肩へと飛び乗ってきた。

ドアノブに手をかけ、家を出る。


(なんて言えばいいんだろ……)

歩きながら、頭の中で言葉を転がす。

「よろしくお願いします」だと、なんだか違う。

かといって、長くなるのも違う気がする。

――そうこうしているうちに、店に着いてしまった。

もはや道は、体が覚えているらしい。

苦笑しながら、軽く拳を握る。

「よしっ」

高鳴る鼓動に背中を押されるまま、扉へ手をかけた。


カラン、カラン――

「こんにちは〜」

見慣れた店内。

箒を持った彼の姿が、目に入る。

「こんにちは」

気づいた彼が、やわらかく目を細めた。

「っ……」

(破壊力、強すぎ……)

ここ最近ずっと考えていたせいか、余計に効く。

「お好きな席へどうぞ」

そう言って背を向けかけた彼を、慌てて呼び止める。


「時雨さん!」

「はい」

振り返った彼と、視線が合う。

「その……えっと……」

喉が、うまく動かない。

――でも。

これを逃したら、きっとまた迷う。

一度だけ、深く息を吸う。

そして。

「よろしく、お願いします……!」

「……?」

(違う違う違う!何に対しての“よろしく”!?)

大事なところが、丸ごと抜けている。

案の定、時雨さんは首を傾げていた。

(そうだよね!そうなるよね…!)

自分の顔を両手で覆い隠したくなるのを堪えながら、目を泳がせる。

「えっと…、その」

「はい」

優しい声色が耳に届いて、私は、ゆっくりと彼を見る。

「し、時雨さんが、良ければ、一緒に住まわせてもらえないかな…と、思いまして、」

我ながら歯切れは良くないが、要点は言えたとほめておこう。

「……」

「…」

シーンと静まり返る店内。

うんともすんとも言わず固まっている彼。

私もどうしたら良いのかわからず、ただ視線を外した。


しばらく沈黙は続き、秒針と共に全身が強張っていく。

私は耐えきれず、「やっぱり忘れてください」と息を吸い込んだ瞬間、何とも言えない表情の彼が口を開いた。

「え、えっと、その…ありがとうございます。自分で言っておいてなんですが、まさか承諾いただけるとは思っていなかったので、少し驚きました…お腹は空いていますか?」

(…ん?)

このタイミングで空腹かどうかを問われるとは思っておらず、返答よりも先に戸惑いで反応が遅れる。

「す、少しだけ」

「では、夕食を準備しますので、好きなところにおかけになってお待ちください」

「はい…」

少し速足で去っていく彼の耳が、赤くなっていることに気づく。

その姿は普段の冷静さからは、想像もつかない姿で、先ほどまで揺れていた感情に代わって、愛おしさが込み上げてくる感覚に支配された。

それを振り切るように、私は定位置に向かい、座って彼を待つ。

今日も変わらず、温かい日差しが差し込んでいた。


「…お待たせしました。ご飯にしましょうか」

そう言って、お盆を私の前と向かい側に置いてくれた。

「ありがとうございます。いただきます」

不思議と食事中は他愛ない話で盛り上がり、片付けまでスムーズに時間が流れた。

落ち着いたころに、二人でお茶を飲みながら、いつから越してくるかの話題になる。

「時雨さん的には、いつからが都合いいですか?」

「僕はいつでも問題ないですよ」

平然と言ってのける彼に、彼の赤面のボタンは掴みにくいなと思いながら、決めに決めきれなかった件が頭に浮かんだ。

(一緒に住むまで言えたんだから、覚悟決めないと、ダメだよね)

一度息を深く吐き、探り探り、言葉を紡ぐ。


「その、私なりに考えてみたんです…いろいろと、神妃になることも含めて」

(私は護ってもらう身で、きっと時雨さんの役に立てることはそんなにない…だから、私の存在で少しでも時雨さんの力になれるのなら…)

彼の世界の事や、難しいことはまだわからないが、彼の役に立てることが、自分にとっても嬉しいことであることは、唯一はっきりしている。

そして、一緒に暮らしてもらうのであれば、曖昧なままではなく、意思を固めておきたかった。

彼は何も言わず、私の言葉を聞いている。

「考えて、私は、そばにいたい。私にできることは少ないだろうし、迷惑をかけることの方が多いのかもしれない…けれど、時雨さんが望んでくれるのなら…私も力になれるように努力したいんです」

私は、少し俯き気味に話していたが、半ば強引に、彼を見つめた。


「…時雨さんの神妃にしてくれませんか?」


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