きかんと、ぎもん。
「最後に、守護をかけさせてください」
「え?守護、ですか?」
新しい単語に、手をぱっと横によける。
「お守り探知機のようなものです。
例えば、翠さんに危険が迫ったとき、相手を弾き飛ばしたり、僕の元に瞬間移動させたり、その場面に応じて脅威から遠ざけてくれます。 身体に変化はありませんから、ご安心ください」
「それはまた、すごいものですね」
思わず苦笑いがこぼれ、視界が白一面になった。
徐々に、ゆっくりと色が戻り始め、はっきりと視界が蘇った。
「これで完了です」
彼の声が静かに響いた。
「ありがとうございます」
私は、いつも与えられてばかりだ。
どうすれば、少しでも役に立てるのだろう。
神である彼の力の前で、私にできることは―――。
それでも、何かできるなら。
私は―――
「こちらこそ。では、今度こそ帰りましょう」
決断の重みを少しだけ首に預け、私は彼の首に手を回す。
「お願いします」
少しの間が過ぎて、彼の手に力が込められた。
風がそっと吹き抜け、私はぎゅっと目をつむる。
コツン――
目を開けると、見慣れた店内が広がっていた。
久しぶりのはずなのに、どこか懐かしくて、胸が静かに満たされていく。
迷うことなく真っ直ぐに階段を上りきると、彼はベッドまで歩み、そっと腕を解いて、私を座らせた。
どうぞと、ジェスチャーをした彼に促されるまま、靴を脱いで、布団に失礼する。
「では、僕は万たちと今回の件について調べてきますので、翠さんは休んでいてください。何かあれば、こちらを鳴らしてください」
布団に入った私を満足げに見つめながら、彼は机に、小さなベルをそっと置いた。
その可愛らしいフォルムに、翠は思わずくすっと笑みを零す。
「ありがとうございます」
彼は首を傾げ、一瞬だけ考え込むような仕草を見せたが、まあ、いいかと肩をすくめるように柔らかく笑った。
「では」
一礼し、扉の方へ向かう彼。
彼の背中が扉に消えかけたとき、翠は無意識に声を上げていた。
「あの! 時雨さん」
彼は一瞬肩を揺らし、振り返る。
「はい」
呼び止めたのはいいものの、翠は言葉を探し、唇をそっと噛んだ。
「その……さっき、運命で結ばれたって言ってましたよね?」
「はい」
「それなら……私も、時雨さんに危険が迫ったとき、気づけるんでしょうか?」
このことを聞いてから、なんとなく心に引っかかっていた。
もし彼が想羅のようになったら、知らないまま……何もできずに手遅れになるなんて、考えたくない。
彼の言葉では“気づける”とのことだったが、まだ神妃になっていない自分や、理解の追い付かない状況を思うと、どうしてもこれだけは確かめておきたかった。
ふと視線を落とすと、ベッド脇の花瓶に挿された一輪の花が揺れていた。
「そうですね…現状だと、少し調子が悪いな…くらいの違和感だと思います」
「そう、なんですね」
それだと、わからないのと変わらないかもしれない。
時雨の場合は、体調不良を感じないと言っていた。
だからこそ、何か異変があればすぐに察知できるのだろう。
けれど、私にはそんな確信はない。
抱くべきではない不安が、胸の奥でじわりと広がった。
「大丈夫ですよ。こう見えて、僕、強いですから」
(こう見えてって……)
どう見てもの間違いでしょ。
珍しく茶化した彼の様子に、思わず笑みがこぼれた。
「そうですよね」
「はい」
不安を裏返したような微笑みに、こちらの心も少し緩む。けれどすぐに、張り詰めた感覚が戻ってくる。
「それでも……もし何かあれば、私にも教えてくれませんか?」
「え?」
予想外の言葉に、彼の動きが一瞬止まった。
役に立てるなんて、思っていない。
ただ、これは私自身の心を励ますための言葉。
それでも、言わずにはいられなかった。
じっと彼を見つめて待つと、彼はふっと目尻を下げ、優しく答えた。
「もちろんですよ」
(良かった……)
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。しばらく休んでいてくださいね」
「はい」
彼の姿が見えなくなったのを確認して、全身から力が抜けていく。
ふわり―――
柔らかな音と一緒に、ベッドからふわりとお日様の香りが漂った。
身体が沈んでいく心地よさに、少しだけ身をゆだねた。




