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君と紡いだ宝物。──路地裏から始まる物語  作者: 朝凪 紡


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16/21

よかんと、いっち。

(時雨さん…)

確かな彼の名を呼ぶ声と駆ける背中が、張りつめていた身体を緩める。

涙も乾ききらぬ瞳に映ったのは、歩みを進めようとする時雨と、その後ろに静かに佇む焔だった。

私の状態を見て、顔をしかめる彼と目が合う。

「しーくん!会いたかったよー!」

そのままの勢いで、抱き着いた。

抱き着かれた本人は、石像のように静止している。

「…どうして、万」

棘のように鋭い口調で言った彼に、ショックを受けたのか、想羅は素早く時雨から離れた。

「だって、こうでもしないと、僕に会いに来てくれないんだもん……」

拗ねたように、視線をそらしている。

(まさか、私が攫われたのはそういう理由なの?)

予想よりも可愛らしい理由に、拍子抜けする。

そんなことで――

普通なら、そう思ってしまうところだけれど、想羅も百年間、時雨と会えていなかったのだと、あっけなく点が線でつながった。

時間間隔がどうであれ、決して短い時間ではない。

「……すまない」

「さすがに、神妃のためなら来てくれると思ったんだ」

「…」

時雨は、複雑な面持ちで想羅から視線を外した。

すると、焔が声を発した。

「万、時雨がどういう状況だったか、お前も知ってるだろ」

「っ、わかってるよ!けど!自分でもわからないんだよ、なんでこうなったのか。ただ、神妃のせいでしーくんと会えなくなって…元々そんなに会えてはなかったけど、百年も会えなかったんだよ。

…神妃なんて、ずっと一緒にいてくれる保証なんてないのに、神妃なんて、いなくなればいいんだ」

下を向いてそう言った想羅の身体から、黒い靄のようなものが出ている。

肩が揺れ、拳は強く握られていた。

聞くに堪えない悲痛な叫びに、心を内側からえぐられているような感覚に陥る。

「万…、ごめん。だけど、試練を受けることを選んだのは、僕だ。恨むなら僕を恨んでくれ」

辛そうに眉間に皺をよせながら、想羅に歩み寄り、涙を拭う。

「それに、このやり方は万らしくない。何か…あったのか?」

そっと想羅の頬を、ふにっと包み込む。

刹那、時雨の手のぬくもりが彼に伝わった瞬間――

黒い靄はふっと消え、空気に溶けた。

再び時雨に向けられた瞳は、先ほどまでの淀みは消え、透き通る青緑に戻っていた。

「僕にもわからないんだ…気づいたときには、どんな手段を使ってでもしーくんに会いたい、苦しみの元凶である神妃という存在をひたすら憎んで恨んでた」

すべての感情を吐き終えたかのように、彼は肩を落とし、拳も力なく垂れた。

時雨は、しばし想羅を見つめ続け、振り返り、焔に想羅を託す。

「焔、ひとまず万を僕のお店に連れて行ってくれないか?」

「わかった」

焔は、速足で想羅の元へ行き、力なく立ち尽くす彼を支える。

「万、時雨がお店においでってさ」

想羅の瞳に、光が戻る。

「いいの?」

いつも通りの幼馴染に、ほっとしたように答える。

「あぁ、僕もすぐ行くから少し待っていてくれ」

その言葉に、顔を伏せる想羅。

一呼吸おいて、眉間に皺を寄せながら声を発した。

「ごめんね。ありがとう」

そうして歩き出した焔たちの足が、数歩のところで止まり、時雨に向き直る。

真剣な面持ちの焔は、迷ったように間を開け、意を決したように口を開いた。

「時雨…、そろそろ話してもいいと思うぞ。お前もなんとなく感じてるんだろう?このままじゃ、翠ちゃんが危険すぎる」

「…あぁ、わかってるよ。話してから戻るよ」

力なく震える声を励ますように、焔が続ける。

「大丈夫さ、きっと向き合ってくれる」

時雨の肩をポンポンと二回。

そして、空気が揺らぎ、二人の姿は静かにその場から消えていった。


彼はすぐさま、傍観者だった私のもとへ駆けてきた。

その姿に胸がじんわりと熱くなる。

まるで、久しぶりに帰省した夜、玄関の明かりが迎えてくれたときのような――

穏やかで、どこか懐かしい安心感。

「翠さん…!」

素早く、ガラスに触れるように優しく、拘束から解放してくれた。

壊れ物に触れるような手つきで、私の身体をゆっくりと起こす。

眉間に深い皺が寄っている彼は、自分のことのように痛みをなぞっているみたいだった。

安心させたいところだが、張り詰めていた身体の反動なのか、支えを失えば、座っていることさえおぼつかない。

「僕に寄りかかっていてください」

「ありがとうございます」

そっと、彼の腕に身を任せる。

お礼の言葉は、かすれてしまったが、前回とは違って、話せるようでほっとする。


「…」

「……」

見守るしかなかった私は、口を挟む隙も見つけられずにいた。

鳥のさえずりだけが、響き続ける最中、抱かれている腕に力がこもる。

「すみません、僕が怖気づいてしまっていたばっかりに、あなたを危険な目に合わせてしまいました」

「怖気づく…?」

「本当は、もっと早く言わないといけなかったのに、あなたに拒絶されるのが怖くて…」

今でも言うのが怖い――

そう体現するかのように、抱いている手に力が入っていく。

「無理に言わなくても、大丈夫ですよ?」

そういう問題ではないことは、なんとなくわかっている。

けれど、目の前で苦境の表情をされてしまうと、そう言わずにはいられなかった。

肩に感じていた、力みが引いていく。

「ありがとうございます」

彼は整えるように、瞼を閉じた。

そして、開かれた瞳は迷いがなく真っ直ぐ私を見据える。

「翠さん、あなたの存在は、僕の運命――神妃なんです」


「え、」

ぼそっと出た声は、もはやただの音だった。

動揺、混乱、とにかく驚きの嵐に襲われる。

同時に、すべての線が繋がって、一本になった感覚を鮮明に感じた。

「私が…神妃?」

「はい、間違いありません」

その話を聞いたとき、そうだったらいいなと思っている自分を、遠ざけていたように思う。

そうかもしれないと思ったときは、自分の願望なのだと、切り捨てていた。

けれどそれは、まだ形になっていない曖昧な感情で、混乱にまぎれた一片。

「え、本当に?」

加速する鼓動が、耳を支配する。

「神妃の雫は、神妃以外が身につけると雫自体に拒絶され、激しい苦痛に見舞われます。翠さんがそれを身につけていられること――それが何よりの証です」

「そう、なんですね……」

私は視線を落とし、胸元を見つめた。

非現実的なことが起こりすぎて、このままでは、思考を止める癖がついてしまいそうだ。

(文面通りに受け取るしか、ない、か……)

とにかく、理解よりも受け入れることに集中する。

事実として認めるしかない。

それでも胸の奥では、どこかで納得している自分がいる。

それでも、まだ飲み込めないのは――

あまりにも、ことが大きすぎるからだ。

「本来であれば、神妃の雫は、あなたに悪意を持つ者を拒み、護ります。そして、僕にその居場所を知らせてくれる。……ですが、それは、あなたが“神妃になっていた”場合の話です」

(……チートアイテム)

重責を背負う存在だからこそ、それに見合った力があるのだろう。

「どうして、時雨さんは、ここに来られたんですか? 私は、“神妃になっていない”のに」

「それは、あなたと僕が出会ったことで――運命が、結ばれてしまったからです」

「……」

(そうはっきり言われると、さすがに恥ずかしい)

ロマンチックな響きに、羞恥心が肌を刺す。

現実味はない。

けれど、こんなふうに真っ直ぐに言われたら、否応なく意識してしまう。

「そ、その“運命が結ばれた”ことで、何か影響があるんですか?」

顔が熱い。

鼓動も鳴り響いて止まない。

なのに、沈黙が怖くて、必死に言葉を探して口に出した。

「はい。大きく分けて二つ、あります。

まずひとつ目――それは“痛みの共有”です。

翠さんが感じた苦痛は、外傷・内傷問わず、僕も同じだけ受けます。

そしてそれにより、大まかな居場所も感じ取ることができる。だから、ここにたどり着けました」

「おぉ……」

チートアイテムを超える、チートスキルに気が引けた。

「二つ目は、翠さんが僕に“触れられる”ことです。

見習いではありますが、神である僕は、普通の人間――特に異世界の存在とは、物理的にも精神的にも交わることはできません。

触れるどころか、認識すらされない。僕が歩いていても、そこに“いないもの”として通り過ぎられます。

けれど翠さんは、“神妃”の素質があるから、出会った瞬間から僕に触れられ、僕が“見えた”んです」

(……つまり、普通は神の世界に干渉できないはずだけど、私はできるってことね)

「それができるということは、つまり、僕のいる世界――“神人界”にも関われます。これは、僕が旅した世界すべてに通じます。

たとえ何かの拍子に異世界を認識できても、普通の人は白昼夢だと片付けてしまうけれど、翠さんは、違います。あなたは、どの世界でも“僕に触れる”ことができ、異世界にも到達できます」

「……すごい、効果ですね」

想像以上の話だった。

私は、流れ星がゆっくり軌道を描く天井を仰いだ。

(知恵熱でそう)


「翠さん」

名前を呼ばれるのは初めてではないのに、呼ばれた瞬間、世界の色が変わったように風が頬を撫でた。

どこか第三者だった私が、一瞬で“当事者”に引き戻される。

それほどに、真っ直ぐな瞳――

「は、はい」

自然と、背筋が伸びる感覚。


「僕の――神妃になってくれませんか」


その瞳には、覚悟という名の光が宿っていた。

曇りなく、真っ直ぐに、私を射抜いてきた。

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