表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と紡いだ宝物。──路地裏から始まる物語  作者: 朝凪 紡


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/21

想神

「っ……」

(……痛い)

頭を殴られたような鈍い痛みが、意識の奥からじわじわと這い上がってくる。

倒れたときの激痛ほどではないが、霧の中で鈍く鳴り響く鐘の音のように、痛みが残響していた。

状況を把握しようと、身体を動かさずにそっと瞼を持ち上げる。

動かそうにも、腕を後ろで縛られ、布で口をふさがれている状況では厳しいだろう。

そして目に映ったのは、節の浮いた古い木の床。

その隙間から漏れるように、柔らかな陽の光が差し込んでいた。


ひとまず人の気配は感じられない。

できる限り見渡してみると、木造の空間が広がっていた。

(どこ、ここ…)

長い間、床に転がされていたのか、身体の節々が悲鳴を上げている。

こんな状況では、逃げようにも逃げれそうにない。

諦め半分に瞼を閉じた。

(もう、無理かも。ここで終わるなら、一思いにやってくれって、交渉でもしてみようか)

交渉の材料なんて何もないけど、懇願でも土下座でも、今なら何でもできる都強く感じた。

こんなどうしようもない状況だと、案外あっさり受け入れてしまうものなんだな――

天井を見上げながら、他人事のように、そんなことを思った。


ぽふん――

この場に似つかわしくない、軽やかな音が響いた。

(ぽふん……?)

音源と思われる方に目をやると、見知らぬ男がひとり立っていた。

差し込む光を浴びて、銀の髪が柔らかく煌めいている。

けれど、その輝きはどこかこの場にそぐわず、まるで現実の輪郭から浮かび上がる、幻のようだった。

虚ろな水の色を湛えた瞳は、こちらを捉えて離さず、此方を射抜くように見つめている。

その目に映るものが、本当にこちらなのかさえ疑わしい――

遠目でも、そんな空虚さが漂っていた。


沈黙が耳を締め付けるなか、男の足取りだけが異質だった。

空気をすり抜けるように歩み寄ってくるのに、足音はどこにもない。

そして視界の端に、ひっそりと靴の先が滑り込む。

衣擦れの音が、静かに耳をくすぐった。

「起きました?」

男は、こてんと頭を倒して覗き込んでくる。

返答する声はなく、沈黙が流れる。

はっきりと見える男の顔は、青年というよりも少年に近い雰囲気を持っていた。

完全な銀ではないその髪には、淡い青が滲んでいる。

高層の雲のように、どこか掴みどころのない色だ。

(怖い、けど、なんか気が抜ける…)

「あれ、思ったよりも怖がらないんだね」

面白くない、とでも言いたげな表情だ。

煽られているような空気感に、むっとなりながらも、無力な自分を隠すように、くりくりの目を睨みつけてみる。

「……ふふ、そんな目で見ても、ぜんぜん怖くないですよ~」

余裕しかないその態度に、焦りが湧いてきそうになったが、動揺すれば、変えられるものも変えられない。

息を吸って、噴火しかけた波を静める。

「しーくんが来るまでまだ時間がありそうだし、何しようか?…あ、動ける状態じゃないよね、ごめんごめん」

悪気のない謝罪が、静めた波を逆撫でする。

(こんな簡単に、挑発されるなんて)

動けないの状況が、かえって救いだったかもしれない。

そうでなければ、今頃何をやらかしていたことやら。

(そんなことよりも、この人は誰なんだろう…というかしーくん?)

敬称から推測するに、男性なのは間違いない。

私の知人で、"し"から始まる男性は一人だけだ。

「そういえば、僕の紹介がまだだったね。初めまして、僕は、想羅そうら ばん。想いを司る神で、しーくんとは幼馴染なんだ」

滑らかにそう言ってのけた青年は、同一人物とは思えないくらいに、朗らかに微笑んだ。

(神様、しかも幼馴染……)

突っ込みどころが多すぎるけど、今はそれどころじゃない。

時雨の幼馴染だとしたら、なおこの状況は謎だ。

彼を、呼び寄せたいみたいだが、回りくどすぎる。

何か害を及ぼそうとしているのか、それとも別の目的があるのか――

わかりようもないことばかりで、ゴールのない迷路に放り出された気分だ。

「君のことは知ってるよ。瀬梛…翠さん?」

「…」

もはや驚きはない。

「……僕のことは、適当に呼んでくれて大丈夫なので、あ、でも、苗字の方でお願いしますね~」

終始、にこにこしているが、その笑みは友好的どころか、不信感しか伝わってこない。

何をしたいのかさっぱりわからない。

しかし、今のところは危害を加えられそうにないようで、内心ほっとする。


(それにしても、やっぱり気になる…)

「なぜ、君を攫ったのか?」

驚愕のあまり、目が見開かれた。

私の思考と、嵌った音が、瞬時に意識を揺さぶる。

目を向けずにはいられなかった。

なんで――

「なんで、わかったのかって?」

発されていない声は、どこにも届いていないはずだ。

なぜ、わかるのか。

仮説は立てれど、信じがたいものばかり。

しかし、彼もまた神。

胸の奥が、言葉を追いかけるよりも早く凍りつく。

「まぁ、君に教える義理はないね」

淡々と、無表情で言い放った瞳は、一筋の光も受け付けないかのように淀んでいる。

やはり、相容れないらしい。


鼻で深呼吸を一回。

もういいや、と男から目を逸らした。

「これからどうなるかとか、興味ないわけ?」

(……)

「つまんないね…しーくんの神妃、って感じ。可愛げがないなあ」

逸らした先で睨まれ、空気が凍り付いたように痛い。

一瞬ビクッとした身体は、緊張から解放されることなく、強張ったまま固まる。

(しーくんの神妃って何のこと?)

せめてもの反抗心で、眉をひそめ、渾身の睨みを返す。

また彼の手のひらで回されるとガードを固めたが、予想外の反応が返ってきた。

「君、しーくんから何も聞いてないの?」

(何も聞いてないことはない、と思うけど)

話している感じからして、全てを聞いているとは言い難い。

「え、君はしーくんとの因果を——」

「万!」

ビクッ

突然のことに、二人して身をすくめた。

揺らぐ視界には、会いに行けなかった彼がぼんやりと映っている。

勢いよく振り返った想羅からは、今までの虚ろな雰囲気は一切ない。

「しーくん…!」

そして嬉しそうに、彼に駆け寄っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ