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君と紡いだ宝物。──路地裏から始まる物語  作者: 朝凪 紡


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いま、あかそう。

どこか遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。

ゆっくりとまぶたを持ち上げると、眩しいほどの日差しが部屋を照らしていた。


頭の奥がまだ少し重たい。

けれど、手足には力が入るし、さっきよりもずっと楽だ。

上体を起こし、辺りを見回す。

「……どのくらい寝てたのかな」

首元に触れ、そっと摩る。

声に出すつもりはなかったけれど、喉の奥からぽつりとこぼれた。

(……声、出た)

ほっとしたように息が漏れる。

そこで、手に触れた何かに違和感を覚える。

金属のチェーンが肌に触れる感覚。

目線を落とすと、見覚えのある雫型のチャームが揺れていた。


(ちょっと、青緑っぽくなってるような?)

首をかしげながらまじまじと眺めていると、ふと背後に気配を感じた。

「入っても大丈夫ですか?」

反射的に、声のした方を振り返り、頷く。

彼が微笑む――

そのふっと笑った笑顔から、目を離せなかった。

「失礼します。体調はましになりましたか?」

お盆を持った彼が、こちらへと歩み寄ってきていた。

咄嗟に身体が強張る。

「は、はい、おかげさまでかなり回復しました」

言葉にして伝えられることに、思いのほか高揚した。

気づけば、頬がふわりとゆるんでいた。

「それならよかったです。お水と果物を持ってきたので、良ければ食べてください」

机に置かれたお盆の上には、まるで南国の果物市のような、彩り豊か果物が盛り付けられている。

水は、グラスとは別に、大きめのガラスの容器にも準備されていた。

嬉しい気持ちに、豪華すぎて申し訳なさが入り混じる。

「ありがとうございます……」

「元々僕が原因で、こうなってしまったので、迷惑でなければ、遠慮しないでください…眠っている間で申し訳なかったのですが、神妃の雫を着けたので、もう少し休んだら元気になりますよ」

「…ありがとうございます」

私の申し訳なさが、にじみ出ていたのか、彼はそう言った。


神妃の雫――

はっきりとは覚えていないが、この雫がなければ彼と一緒にいることができないことは、はっきりと覚えている。

何かに持ち上げられているように身体は軽く、不思議な感覚だ。

まだまだ分からないことだらけだが、それを知りたいと思っている私は、すでに引き返せないところまで来ているのかもしれない。

「翠さん、あなたが望むなら今回のことも含め、説明させていただきたいのですが、いかがでしょうか」

質問しようか迷っていると、彼から提案が下った。

私の心でも見えているのかと思うくらいに、ずっとタイミングがいい。

「ぜひ、お願いしたいです」

真剣な彼に向き直り、見つめる。

「ありがとうございます」

頭を下げた彼に、苦笑が浮かんだ。

手取り足取り看病してもらっている上に、彼の姿勢がずっと下からであることにやるせない気持ちが湧いてくる。

気まずさを紛らわせるように、視線を右に移した。

「あ、その前に、果物いただいてもいいですか?」

拍子抜けしたように、キョトンとする彼。

(結構お腹、空いてるんだよね)

「もちろんですよ」

そう言って、器とフォークを渡してくれた彼の腕は、骨がくっきりと出すぎているように思えて、一瞬思考が止まる。

彼に視線を戻し顔をよく見てみると、少し、やつれたように思えた。

「一緒に食べましょう?」

いつも以上に青白い肌に、心が痛む。

「…」

沈黙が流れたが、私は返答が来るまで待った。

「では、お言葉に甘えて」

あなたが用意してくれたものですよと、内心ツッコミを入れながら、「はい」と返事をした。

彼は、椅子に腰かけ、スイカに刺さっていたパラソルをフォーク代わりにして構える。

その様子が可笑しくて、意外で、胸が締め付けられるような気持ちになった。

そして、餅つきの様にリズムよく食べ進めていくと、あっという間に器が空になる。

「足りましたか?まだありますよ」

「満足です。ごちそうさまでした」

「そうですか、先に片づけてきますね。すぐ戻ります」

そう言って、器とフォークを持って部屋を出ていった。


宣言通り、すぐに彼は戻ってきた。

「ありがとうございます」

「いえ、とんでもないです」

そう言いながら、椅子に座る。

「改めまして、僕の不注意で翠さんにしんどい思いをさせてしまって申し訳ございません。もう少し時間が経ってから説明したほうが良いと思っていたのですが、その判断も含め、申し訳ない限りです」

真剣な表情で深く頭を下げる彼に、私は思わず立ち上がりかけた。

「そんな…!顔を上げてください。私は大丈夫ですから」

彼は、困ったように目尻を下げ、元の姿勢に戻った。

「…ありがとうございます。少々長くなりますが、ご説明いたします。先に聞いておきたいことがあれば伺います」

聞きたいことはいっぱいあるけれど、ありすぎて何から聞いていいかわからない。

(先に説明してもらった方が、良さそう)

「お任せしたいです」

「わかりました。何かあればいつでも聞いてくださいね」

「はい、お願いします」

私は、真剣な面持ちの彼から紡がれる言葉を待った。

「最初に、昨日いた世界についてです。あの世界は、神人界しんじんかいと呼ばれていて、人間と神が一緒に生活している世界です。翠さんがいる世界もそうですが、異世界と呼ばれるものは数多あります。僕たちの世界でも、まだ知られていない、発見されていない異世界があるほどです。

現在発見されている異世界の中では、神人界のみに神が実際に存在していて、なぜか異世界は、神人界を中心に枝木のように広がっているのです。

そのため、神人界から別世界へ行くことは理論上可能ですが、距離的な問題や能力的な問題で厳しい世界もあります。

神人界の神は、えんそうふうこういんの計七人います。

そして、彼らが治めている七つの国から神人界は成り立っています。

……少しややこしいかもしれませんが、ここまででわからないことはありますか?」

わからなくはない。

けれど、正直、頭の中がてんやわんやだ。

思わず頷きつつ、首をかしげてしまう。

すると彼は、紙とペンを取り出して、絵を描きながらもう一度説明してくれた。

「どうでしょうか?」

「理解できました」

(絵で描いてもらうと、こんなにもわかるものなんだ)

聞き取り能力の低さに落ち込みかけたけれど、これでまだ土台。

深呼吸して、続きを聞く準備をする。

「次に、神について説明します。

神は元々は人で、後退する神に指名されたものが次の神になる仕組みです。二千年ほどは交代することはないのですが、致し方ない場合は、そのとき存在している神全員が認めた者が指名され、原則として断ることはできません。

神は、それぞれの国の領主的存在で権力もありますし、滅多に断ろうとする者はいませんが、ある試練を完遂すれば、拒否することもできます。試練については、そんなに重要ではないので追々お伝えします。

翠さんが目覚めたときにいたおじいさんも元雨神ですよ」

「えぇ!?」

最後の一文が、あまりに衝撃的で、思わず声が漏れた。

おじいさんが笑っている様子が目に浮かぶ。

(仙人みたいだと思ってたら、元神様だったなんて…)

そういうことなら、悟りを開いていてもおかしくない。

妙に納得した。

おじいさんに気を取られていたが、神の指名を断るには、きっと並大抵ではない試練があるのだろう。

一体どんな内容なのか気になりつつも、彼の言葉に耳を傾ける。

「そして、神には番…神妃しんひと呼ばれる存在がいます。神は、神気を持っている影響で、あまり人間と一緒にいることができません。近くにいすぎると、今回の翠さんみたいに、生命力が低下してしまいます。ひどい場合には、命にもかかわることになります。

だからこそ、神気に耐えうる存在が、すべての異世界のどこかにたった一人だけ、必ずいるとされているんです」

(なんかロマンチックなんだろうけど、いろんな弊害があるんだ…)


それ相応の力を持つから、可愛いものなのかもしれないが、神妃という存在がいなければ、孤独という道がほとんどを占めていそうだ。

そこで、焔からも神妃という単語が発せられていたのを思い出す。

けれど、どういう流れでその言葉が出てきたのかはうまく思い出せなかった。

一人で脱線しそうになっていたところ、彼の声に引き戻される。

「神妃に出会うまでの神は、神気の制御が難しいため、神人界の端の空間に隔離されます。そうしなければ、急に神気が暴走して、世界を破滅に導いてしまうからです。

この段階では、神というよりも、神の見習いのようなものですね」

あ――

「その空間っていうのが、このお店なんですか?」

彼は、ずっとここで料理を極めていたと言っていた。

まさか、その裏にこんな理由があるとは、想像もできなかったけれど。

眉間に皺が寄っていくのを感じながら、彼の瞳を見つめる。

「…そうです。僕が隔離されたのはこのお店…というよりは、お店が建っているコンクリートに包まれた空間です。

最初は、お店ではなく、住む家を建ててたんです。神人界につながるゲートを建物の裏口になるように。

途中から、料理に興味が出てきて、次第にカフェみたいな雰囲気って素敵だなと思いまして、今に至ります」

「そうなんですね。…て、えぇ!?建てたんですか!?」

「はい」

驚いた私とは裏腹に冷静な彼の反応に、すぐに冷静さを取り戻した。

(そりゃそうよ、神様だよ、魔法みたいに力使えるんだから…というか家くらい用意してあげてよ)

一文無しで、急に放り出されたような状況に、不満を抱きつつも、修行のような扱いなら仕方ないのか?とも思う。

「あ、すみません。話遮っちゃいましたね。続きをお願いします」

「いえ、いつでも質問してください。一応ここにいる間も、自国の業務を遠隔で行いながら、神妃と出会うまでの時を過ごします。

神妃に出会えば、波のように起伏のある神気も一定になり、制御しやすくなります。

元の状態でも、制御できないわけではないのですが、イメージとしては、制御できる範囲を突き抜けていってしまう感じです。

制御できるようになれば、人間とも長時間接することが可能となります。

加えて、隔離される必要性もなくなるので、自由に動き回れます」

(だからあのとき、時雨さん、“檻”のような場所って言ってたのね)

あのときの無表情が、今もはっきり蘇る。

少しずつ、情報の整理もついてきて、続く言葉を待っていると、

彼が、苦しそうに顔をしかめながら口を動かす。


「神と、神妃は、必ず……惹かれあってしまうのです。

神妃に惹かれないこと、それが、先ほどお伝えした拒否権を得られる試練の完遂条件です」

え―――

今日、何度目の驚きだろう。

苦しそうに歪んだ彼の顔は、これから先、忘れられる気がしない。

まるで焼き付いたように、私の記憶に刻まれた。


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