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君と紡いだ宝物。──路地裏から始まる物語  作者: 朝凪 紡


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12/21

まとまらない、きょり。

廊下を抜け、螺旋階段を降りて外に出ると、長く延びる一本道のその果てに、ひときわ異彩を放つ門が見える。

門というより、金の糸で描かれた幻のような輪郭――

精緻な意匠が施され、まるで巨大な装飾品のようだ。

だが、装飾品にしてはあまりに大きく、重さを感じさせぬその佇まいは、そこに在ること自体が奇跡のように思える。

繊細で儚く、それでいて確かに立っている、不思議な門だった。

そして、出てきた方向を見た瞬間、目を奪われた。


見上げるほど壮麗な建物が、雲を押しのけるように、天へとのびている。

(……城?)

あまりの豪奢さに、言葉を失った。

もともと適応力には自信があるほうだが、ここまで来ると限界が近い。

頭の奥で、警告音のようなものが鳴り響いている。

(もう、なるようにしかならない。一旦考えるのはやめておこう)

「本当にすみません。もう少しの辛抱です」

まるで私の動揺を見透かしたかのように、彼は眉間に静かにしわを寄せた。

焔と話していたときの鋭さは消え、いつもの柔らかな声音が戻っている。

その変化に、わずかな戸惑いと距離を感じたが、それは不必要な感情だと切り捨てる。

現状、体調が悪いがため――

余裕のなさからきているものだ。

こんなに心配そうに様子を伺っている時雨に対して、心の距離を感じるなど不躾にもほどがある。

それに、彼のほうがよほど大変なはずだ。

私をずっと抱えて歩いているのに、足取りは変わらず、姿勢ひとつ崩れない。

神だから問題ないのかもしれないが、それでも、私の感覚では想像もつかない重労働だ。

捨て去った不安のかわりに、胸の奥にふわりと差し込む、陽だまりのような感情をそっと抱く。

そして小さく頷いた。

それを見た時雨の目が、ほっと緩み、わずかに細められた。


遠くに見えていた門が、徐々に近づいてきて、その大きさに再び息をのむ。

(空まで伸びてる?)

門の前まで来て、時雨が歩みを止めた。

近くで見ると、線の一つ一つが波打ったように輝いていて、この世のものとは思えないほどに美しいものだった。

吸い込まれるように見入っていると、彼が声を発した。

「この門をくぐれば、元の世界に帰れます。翠さんは、まだ耐性がないので身体への負荷がかかります。僕の結界で最小限に抑えますが…重ね重ね無理をさせてしまってすみません」

彼の表情が歪む。

その姿を見て、胸が締め付けられた。


そんなに苦しそうにしないで――


大丈夫だと伝わるように、首を横に振る。

「ありがとうございます…」と、消え入るような音だった。

(本当に、気にしなくていいのに…それにしても結界って、あの結界だよね?逆に何を持ち合わせてないんだろうか)

今まで見聞した現実は、不可能なことはないのではないかと信じてしまうほどに、非現実的だ。

「では、行きます」

その声と同時に、私たちのまわりで、柔らかな風が渦を巻くように舞い上がった。

風に乗って煌めく光の粒は、まるで夏夜の夢のよう。

ゆっくりとこちらに寄ってきた光は、肌に触れた瞬間、そっと溶けていった。

彼の話では、この光の粒は結界の一部で、すべてが身に纏われたとき、結界が完成するのだという。

最後の一粒が溶け込むと、瞬きの刹那、全身が柔らかく光を帯び、消えていった。

そして彼は、門へと歩き出す。

「怖ければ、目を閉じていてください。一瞬で着きますので」

優しい声色に、強張っていた身体から力が抜けた。

私は頷き、ぎゅっと瞼に力を入れる。


ビュンッという音が響き、爆風が身体を叩きつけるように吹き荒れた。

けれど、すぐに静寂が訪れ、静かに瞼を開ける。

少しずつ瞳孔が明るさに慣れていく――

目に映った景色は、不思議なほど見慣れた店内であった。

(本当に、戻ってこれた)

「ひとまず、ベッドへ運びますね」

コクリ――

依然として、身体のだるさは抜けない。

遠慮したい気持ちはあったが、今はその言葉に甘えるしかなかった。

厨房脇の階段を上がり、扉のない部屋へと入っていく。

ポフンと、布が優しく沈む――

私の身体は、そっとベッドへと下ろされた。

「お水を持ってきますので、少々お待ちください」

そう言って、彼は部屋を出ていった。


遠ざかっていく足音を聞きながら、私は天井を仰ぐ。

(実感、わかないな……)

あまりに突然で、しかも別世界のことばかり。

整理どころか、どこから処理していいかすら測り兼ねている。

けれど今は、力すら入らない体の回復が最優先だと思い直し、彼が戻ってくるまで目を閉じていた。


コツ…コツ…

足音がリズムよく近づいてきて、気配を感じる。

私は、そっと目を開く。

「お水、飲めそうですか?」

ベッド脇にかがみながら、ストローの挿さったコップを見せてくれる。

頷いたものの、どう飲もうか戸惑ってしまう。

(起き上がれるかな……)

苦笑いを浮かべていると、「ちょっと待ってくださいね」と彼が言い、人差し指で空中に弧を描く。

すると、コップに入っていた水が大きな雫となって、ふわりと口元までやってきた。

お手玉みたいに遊べそうな、ぷよぷよした見た目に、少し心が躍る。

そこに、彼がストローを挿す。

「どうぞ」

ストローがゆっくりと口元へ近づき、飲みやすい位置でぴたりと止まった。

(本当に、現実なのかな……ここは)

躊躇いながらも、そっとストローをくわえ、水をひと口。

……普通に飲めた――

もういいや、と思ったその瞬間。

ふわふわと宙に浮いていた雫は、元のコップへと戻っていき、ちゃぷん、と音を立てて収まった。


「作っておいた雑炊も温めたのですが、食欲はありますか?」

(そういえば、食事の途中だったような?)

倒れていた間、何も口にしていない、そう思った途端、お腹が元気よく鳴いた。

首を縦に振ると、彼はほっとしたように息を吐き、近くの机に置いてあったお盆から、お椀を手に取る。

(……いつの間に、置いたんだろう)

彼は確か、水しか持っていなかったはずなのに。

なんとなく腑に落ちないまま、眺めていると、お椀を持った彼の動きにあわせるように、雑炊の香りがふわりと鼻をかすめた。

「良かったです。起き上がれそうですか?」

その問いに、う〜んと小さく首を傾げる。

少し間を置いて、彼が言葉を継いだ。

「…では、少し失礼しますね」

お椀を戻すと、そのまま彼が近づいてくる。

驚きつつも、ただ見つめていると、視界がふっと暗くなる。

次の瞬間、グイッと引き上げられ、

ベッドの背にもたれるような体勢で、優しく支えられていた。

「問題なさそうですか?」

大丈夫だということと、お礼にコクリと二回。

それを聞いた彼は、近くにあった椅子を持ってきて、腰かけ、再びお椀を持った。

私はただ、その一連の動きを眺めていた。


ふとある考えが頭をよぎり、その光景に、思考が大慌てで走り出す。

そして、浮かんだ光景が現実になるまでそう時間はかからなかった。

彼が、スプーンを構え、「四十度くらいに冷ましているので、安心してください」と、すくった雑炊を口元に持ってきたのだ。

(ですよね~、いや、そうだよね!?私全然動けないもんね!そうなっちゃうよね、ごめんなさい!けれど、これはさすがに…)

心の中の私は、赤面して手で顔を覆っている。

その要因である当の彼は、「こうするのが、普通ですよね」とでも言いたげに平然としている。

世は普通だとしても、私にとっては普通ではない。

けれど、自分で食べようとしてこぼしてしまう方が、個人的には避けたい。

意を決して、ずっと差し出してくれているスプーンを口にふくんだ。

(一口で、お腹いっぱいかもしれない)


私は無心を極め、運ばれるままに食べていった。

味わう余裕など、微塵もなかったが、この状態でも食べやすいということは、最初からそう作ってくれていたのだろう。

少々残念に思いながら、自分の初心をひっぱたいた。

全てを食べ終え、力を振り絞って首を下げた。

(ごちそうさまでした)

「お粗末様でした。食べていただけて良かったです」

彼はゆっくりと近づいてきて、私を元の体制に戻してくれた。

「少量なので、問題ないと思いますが、気持ち悪くなったらこのベルを鳴らしてください。何か音をくれればすぐきますので」

枕元に置かれたベルは、レジの隣に置いてあったベルだった。

「遠慮せずしんどければ、眠ってくださいね」

そう言ってお盆を持ち、部屋を出ていった。

(はやく、回復しないと)

強く思いながらも、意識が段々遠のいていき、眠りについた。


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