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君と紡いだ宝物。──路地裏から始まる物語  作者: 朝凪 紡


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こたえの、おもみ。

「……」

思っていたよりも衝撃的な事実に、驚きを隠せず固まってしまう。

それまで騒がしかった心の声もピタリと止んだ。

私はそのまま彼を見つめる。

「どうして…と、思いますよね」

窓の外を見つめていた彼が、困ったように笑ってこちらを見た。

その目には、悲しみも怒りもなく、ただ“無”があった――

その瞬間、胸が痛んだ。

(一体どんな…)

意図があるのだろう、と身構える。

知り合って間もないとはいえ、彼が檻に入れられるようなことをする人だとは思えなかった。

そもそも、神という存在を閉じ込められるルールがあることにすら疑問を抱く。

何か言いかけて、彼はふと口を閉ざした。

静かすぎる夜の空気が、私たちの間を満たしていた。


「理由…といえるものは、正直ないんです。強いて言えば、神としての“在り方”でしょうか。それは避けられない役目なんです」

彼の瞳に、悲しみも寂しさもなかった。

ただ、感情の跡さえ見えない、ぽっかりとした“空洞”がそこにあった。

(そんなことって…酷い、のかな)

考えは、たくさん浮かんだ。

けれど、言葉に起こせるのは、ほんの少しで――

それが、正しく伝わる保証なんて、どこにもない。

この世界のことを何一つ知らない私は、どう反応していいかもどんな感情を抱いていいのかもわからなかった。

それでも、穏やかで心配りのできる彼が、こんな表情を浮かべる要因となっていることは紛れもない現実。

そこに消化しきれない様々な感情が沸き上がる。

ただ神様というだけで、囚われ続けた。

それが現実なら、あまりに酷すぎる。

どんな言葉を当てはめても足りないように思えた。

悲しさも、怒りも、理不尽さも、ただ一つにまとまって――胸の奥がじんわりと軋んでいく。

「そんな顔しないでください。僕なりに好きなこともいろいろできて楽しかったですから」

いつもの穏やかな微笑だ。

先程までの、虚ろな表情は一切なく、彼の中ではもう消化できていることなのだと確信する。

彼が終わらせていることを第三者がぶり返すわけにはいかない。

渦巻いていた感情を、半ば強制的に追い出す。


そしてふと気づく。

『ここはお店の一部ってことですか?』

あのお店自体が檻でそこから出られないのであれば、ここもその一部ということになる。

今いるこの部屋とあのお店では雰囲気が全く違っていて、一緒だと言われたら飲み込むのに時間がかかりそうだ。

「いいえ、ここはあのお店の一部ではありません。全く違う場所です。かなり近いですけどね」

私の思考は、まるで迷路を彷徨っているようだった。

どうにか整理しようと会話を思い返す。

(あ、そういえば出られなかったって言ってたよね。ということは、もう出られるってこと?)

そこにたどり着いた瞬間、彼が続けた。

「あの場所はある条件を満たせば、囚われることなく、好きに出入りできるようになります」

『条件?』

「はい、条件については今はまだお答えできないのですが、これからは自由にいろんなところへ行くことができます」

『そうなんですね』

今はまだ答えられないという部分が少し引っかかるが、現状、そこは重要ではない。

通常であれば、この話に疑ってかかるくらいの危機感は持ち合わせている。

けれど、どうしても嘘だとは思えない。

むしろしっくりくるまである。

(私がおかしいのかな?)

疑問を抱くも、これで何かあれば甘んじて受け入れようと覚悟を決める。

『お店はやめてしまうのですか?』

こちらのほうが気になってしまう私はもう引き返せないところまで来ているのかもしれない。

自由になったのならあの場所に固執する理由はないのだろうと、プチショックを受けてしまっている。

「そうですね…もし、続けるならまた来てくれますか?」

コテンと首を傾げ問いかけてくる姿は小動物のようだ。

てっきりやめる一択だと思っていただけに、理解するのに時間を有した。

そして理解した瞬間、『行きます!』と書き彼に見せる。

勢いあまりすぎて少々羞恥に苛まれる。

(ガッツきすぎた……)

心の中で頭を抱えながら、返事を待つ。

顔が火照るのが、自分でもわかるほどだった。

「ありがとうございます。もちろん続けますよ。僕にとってかけがえのない場所ですから」

その言葉はすっと心に入ってきて、不思議と安心感があった。

嬉しさのままに笑みを浮かべる。

つられるように時雨さんも微笑んだ。

「心待ちしております」

そういって彼は立ち上がった。


部屋の外に出るのかなと思いきや、こちらの方へ足を進めた。

(?)

その言葉とともに、彼が近づいてくる。

「このままじゃ動かすのも大変でしょうし……失礼しますね」

(どういうこと?)

布団越しに彼の気配が近づく。

私は咄嗟に目を瞑り、布団を頭までかぶった。

……ふわり、と身体が浮いた。

(えっ?)

恐る恐る布団を下ろして目を開けると、彼の顔がすぐそこにあった。

(えぇっと…な、に?)

ここまで来て気づいたことがある。

私は急な状況変化に弱いみたいだ――

(そして時雨さんは、時々大胆すぎる…!)

「!?!?」

理解が追いついたとき、あんなに気だるかった身体が嘘のように、必死にベッドへ戻ろうとした。

「落ち着いてください。落ちてしまいますよ」

(いやいや、落ち着いていられませんよ!)

と、ツッコミつつも、一度落ち着こうと自分に言い聞かせる。

これはよくあるシチュエーションなんだろうけど、自分の身に降りかかることは一生ないと思っていた。

(まさかの横抱き――しかもこの距離。私の心臓に過労手当を)

気が気じゃないけど、不思議と拒否感はなかった。

「少し事情があって、人と顔を合わせたくないんです。だから、お店へ移りますね。居心地が悪いかもしれませんが、少しの間ご協力をお願いします」

そんなさらっと重要そうなことを言えるのは、彼くらいだろう。

(さっきは反射的に動けたけど、抵抗するのもしんどそうだしお任せしよう)

居心地が悪いどころか居心地が良いと思っていることは墓場まで持って行こう。

(時雨さんにもそんなに会いたくない人がいるんだ)

意外だなと新しい一面に胸がざわめく。

「お店に戻ったら、神気を中和する薬を調合しますね」

彼曰く、ここに来たのは、私が倒れた原因が彼の神気によるものか、確かめるためだったらしい。

(もうすごいしかでてこないよ)

感情のジェットコースターと脳みそフル回転状態が続いて、そろそろキャパオーバーである。

そのおかげで、お姫様抱っこへの羞恥心は最小限に抑えられている。

(ちょっと休憩)

なぜか、それだけで胸の奥がふっと軽くなった――

そんな気がした。



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