こたえの、ありか。
(ん~何から質問しようかな)
いざ質問するとなると、何から聞いてよいかわからなくなるものだ。
私が悩んでいる間に彼は近くにあった椅子を引き寄せて、腰かけていた。
そして、じっと待っていてくれている。
悩んだ末に、一番衝撃的だったことを聞いてみることにした。
ペンを握りしめて、精一杯丁寧に文字を綴る。
『時雨さんは、神様なのでしょうか?』
寝転がったまま書いた字は、ガッタガタで辛うじて文字だとわかる程度だ。
頭に苦笑を浮かべながら彼に見せる。
(読めるかな?)
読めなかったとしてもへこまない程に、何とも言えない字体である。
「そうです」
そんな心配をよそに、間髪入れずに返ってきた彼の声に、胸の奥がふっとゆるんだ。
さっきまでの迷いは消え、彼は覚悟を決めたようにまっすぐ私を見つめていた。
不思議とその瞳からは、凪いだ海のように穏やかな意思が感じられる。
(ちょっと気まずいな…)
まだ知り合って間もない。
普通の人でも緊張する時期である。
それが、この美しさの持ち主であれば、なおさら緊張してしまう。
(あ、神様だから美しいのだろうか?)
緊張や気まずさ、様々な感情が押し寄せてきていてプチパニックである。
そんな騒がしい自分を騒がせつつ、筆を進める。
『神様って言うと、いろんな方がいると思うのですが、時雨さんは具体的にどのような神なのでしょうか?』
(いい感じに書けたかも)
今回は難なく読めそうな字で書くことができた。
この状態でのメモ書きのコツをつかんだ気がして、笑みがこぼれる。
(きれいでも読みにくくても時雨さんならどれでも読んでくれそうだけど)
「僕は雨を司る神で、主に雨を操れますが、水と植物も操れます」
そういい終えると、すっと右手のひらを上に向ける。
(?)
彼の手のひらをまじまじと見つめていると――
(えぇ?!)
驚きのあまり、自分の目が見開かれたのが分かる。
視界に入った光景は信じがたいものであった。
手のひらに、ピョコっと新芽が現れたのだ。
その小さな新芽は、彼の手のひらの上で、まるでこの世界のはじまりを模したように芽吹いていた。
空も風も、祝福するように沈黙している。
(いやいや、急に現実味がすごいのよ、何がどうなったらそこから生えてくるの)
信じがたくても、こうして目の前で起きると、実感せざるを得なかった。
今までは漠然と聞いていただけだったところもあり、ぎりぎり理解が追い付いていた。
結局のところ他人軸だったのだ。
けれど、今の状況では、自分軸で受け止めるしかなかった。
「こんな感じです」
(どんな感じだよ)
思わず突っ込み口調になってしまう。
手の上で気持ちよさそうに揺れている新芽は春の芽吹きのようで頬が緩んだ。
さらに、まだ終わってなかったらしく、手のひらからまるで地中の水を吸い上げるように、水滴がふわりと生まれ、新芽を優しく包み込んむ。
思わず見とれてしまうほど綺麗だ。
水滴と戯れるように新芽は、彼の手から離れていき、開いていた窓から外へと出ていった。
『すごすぎます』
想像をはるかに超える能力に、それ以外の言葉を失った。
それと引き換えに、幸福感が胸を満たしていた。
「喜んでいただけて何よりです」
(尊い…すべてが尊い)
天を仰いだ気分になった。
(て、そうじゃない)
天を仰いでいた自分を慌てて引き戻す。
気づけば、今までの違和感が頭をもたげていた。
『時雨さんのお店に行くと、なんとなく時間に違和感があって、進みが遅かったような気がするのですが…』
どう続けていいかわからず、そのまま彼に投げかける。
「そうですね…あそこは、一種の“檻”のような場所です。世界軸としては、今いる世界に存在していますが、時間の進み方が翠さんの世界とは異なります。大体、翠さんの世界での一日が、こちらでは一週間くらいですね」
まさに別世界な説明に置いて行かれそうになりながらも、頑張って情報を整理する。
(情報過多っ…、えぇっと、まず檻?めちゃめちゃ美しい檻じゃん…あと、時間もそんなに違うの?だからおじいさんは外のことは気にしなくていいって言ったのね)
それにしても――
そこで浮かんだ疑問を書こうか書かまいか迷って手が止まる。
それに気づいたのか、「どんなことでも構いませんよ。聞いてください。」と彼は言った。
とはいえ、さらっとかけなかったが、悩んだ末に書いて見せる。
『どうして時雨さんはあの場所にいたんですか?それに、どうして“檻のような場所”なんですか?』
檻のような場所ならそこにいたことには、相応の理由があるはずだ。
加えて、あんなにきれいな場所が檻のような場所という点が信じがたい。
そう聞かれることを予想していたかのように、黄玉色の瞳が一度目を伏せられた。
少しの間が開いて、彼はゆっくりと答えていく。
「神となった者には、いくつかの義務があるんです。僕が、ずっとあの場所から出られなかったように」
静かな諦めと、自由への憧れのようなものが滲んでいた。
先程とは全く違う意味で言葉を失う。
彼の表情は変わらず穏やかなままだが、どこか奥底に憂いがあるように視線を外し、窓の外を眺めていた。




