家路
洞窟の中に戻り浜でしばらく時を過ごすと、ヤスノリたちは新しいロウソクに火を灯してもと来た岩屋の道を苦労しながら上って行った。
皆、無言だった。闇の中の道をほの暗いロウソクの火をたよりに上って行く。
やっとの思いで小屋にたどり着き、外に出ると少年たちは天狐森神社の鳥居の脇に停めておいた自転車にまたがり、ブレーキをかけながらゆっくりと山道を下って行った。
ヒロシとマサルが並んで先頭になり、両足を水平に上げる。次いでヤスノリとミツアキが並び、たがいにペダルを空回しさせてみせる。まるで時の流れを巻きもどそうとするかのように。
帰りの道は呆気ないくらいに早かった。
木々のトンネルを抜けると赤に近いオレンジ色の夕空と山吹色の海が広がっていた。一筆一筆精緻なタッチで描く画家が題材としそうな風景を眺めながら少年たちは下ってゆく。岬の先端からはだいぶん遠ざかり、村まであと少しという所で、海面の波がまるで細かな彫り物のように見える夕方の海に小さな舟が黒く見えた。舟は今でこそ数は減ったが、この島で昔から伝統的に漁に用いられてきた木の舟だった。舟は島の南にあるライオン岬とは逆の北西の海に網を入れており、雲一つ無いミカン色の空は明日も快晴であることを約束していた。
四人の少年たちは息をのむと自転車を停めてしばらくの間その光景を眺めていた。
ミツアキがやまぶき色をした波間に黒く小さく見える木の舟を指差す。
「昔、ここで修業した行者もやっぱり見たのかな? あれ」
ヤスノリや、ヒロシにマサルも、ああ、多分そうだ、とうなずく。
ヤスノリはだまって夕日の海を眺めていた。
ハナも初恋が実らなかったことを思い悩むことがあるんだろうか……。今ごろどうして
るんだろうな。僕も、暗号でも残しておけばよかった。
ヤスノリは、この前、自分が書いた卒業文集のメッセージを思い出した。最初、何を書いていいかわからず、こんな呪文を唱えているのはこの島だけだよな、と思いながら書いた
メッセージを。
「お月さん、いつも桜色。この島だけの秘密」
そう思った時、ヤスノリは、はっとなった。
そうだ。僕だって卒業文集に暗号を残してたんだ……。まったくの偶然だったけど……。ここの南の海にはいつも桜色をしたお月さんが眠っている。この島だけの秘密の……。
ヤスノリは突然、しゃんと背を伸ばすと、去年の修学旅行でバスガイドさんが教えてくれた、歌詞の最後がまた一番最初の歌詞の頭にもどってきてしまう歌「終わりのない歌」を歌いだした。
「正直じいさんポチ連れ
敵は行く万……」
「何、それ? 変な歌」
突然のことに、ヒロシとマサルが戸惑いながら見上げていたが、ヤスノリの勢いのほうが上回っていた。
「『終わりのない歌』だ。ほら、お前たちも歌え。歌って覚えろ。それからミツアキもだ」
「えっ、俺もかよ?」
いきなり話を振られてミツアキはためらっていたが、わかったよ、と言ったので、ヤスノリたちはもう一度最初から歌いだした。
正直じいさんポチ連れ
敵はいく万あれとて
桃から生まれた
もしもし カアカア
カラスが鳩ポッポ
ポポッポで飛んで遊
べらぼうで こんちくしょうで やっつけろ
さつきは恋の吹き流し
なんて間がいいんで
正直じいさん……
そうだ。少年たちの冒険心には終わりがない。たとえ、今、一つの冒険が終わったとしても、また次の新しい冒険を探し求める。それがこの島の少年たちの流儀だった。
目の前には、ヤスノリの初恋の相手はもういない村へと続く下り坂の道が伸びていた。
四人の少年たちは自転車に跨ると、「終わりのない歌」を何度も口ずさみながら坂道を下りて行った。




