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View from veranda

 十日が経った。体の痛みもだいぶ引いてきたのはこの辺りだった。


 包帯を取っていく看護師が時折、俺の体を見て変な目を向けてくるのをむず痒く思いながら、青い患者服に袖を通し、ベッドも以前まで使っていた大層なものから、変わってはいないが、生命維持装置らしい機器が取り払われたおかげですっきりとしていた。


 声帯のしびれや節々の痛みが取れたことなど体が万全な状態に戻ってきていると実感することに喜びを覚える反面、俺にとっては今の状況はあまりいいものではない。それが発覚したのは一週間前に出会ったプラチナブロンドの少女、ヘルルカのセリフからだ。


 「ルガイア王国、です。ひょっとして一般常識とかがすっぽり抜けるタイプの記憶喪失でしょうか?」


 「ルガイア王国は惑星フォレンゾの大陸一つとスポット一つを領有している王国です。多民族による共和と議会民営主義による調和が生んだ大国ですよ?」


 「工業の面においては列国よりも10年は進んでいる、と自負しています。あなたの命をつないだ医療技術も、他国では決して受けられない最新のものなんです。まぁ、置いてあるのはこの《カリシアイア》と王都の《ハーディーン》だけですけどね」


 色々と彼女は喋れない俺に自分の国のことを説明してくれたが、やっぱり首を傾げてしまう。そもそもルガイア王国なんて聞いたことがないし、惑星フォレンゾとやらも初耳だ。スポットとかブランチとかいう妙な英単語も理解できない。せめてもの救いはローマ数字が共通していることくらいか。


 こちらが震える手で書いた英語やフランス語の文章は彼女は理解できなかったらしいが、アラビア数字だけは理解していた。言語を超越する数字というのはなんと素晴らしいことか、と先人に感謝したいくらいだ。


 いや、そうじゃなくて。


 むしろ余計にわからなくなった。アルファベットは通じない。アラビア数字は通じる。どういうことだ、と聞きたい。実は数百年経過しています、なんて言われて信じてしまいそうになる自分がいて恐ろしい。よしんばそれだけ時間が経過していたとしても、アルファベットが通じないなんてことがあるか?世界中共通の文字みたいなものなんだぞ?


 わからないまま、ヘルルカは俺から受け取った髪に彼女の言語で文章を綴るがこちらも俺にはわからない。アラビア語にちょっと似てるな、と思う反面、どこか漢字的な要素もある。言語体系としては英語に近いように見えるのは文章同士に間が空いているからだ。


 本当にわけがわからない。そうやって頭を悩ませること十日が経って、体の傷がほとんど塞がった、ということでヘルルカが外出許可を取ってくれたので、彼女に連れられる形で俺は始めて部屋の外に出た。病院独特の白い廊下を松葉杖をついて歩く。


 ヘルルカの話を信じると最低でもは二十日以上は寝っぱなしだったせいか、足の筋肉がかなり弱まっていた。松葉杖があるというのに、右へ左へとふらふらと足取りがおぼつかない。


 「車椅子の方がよかったかもしれませんね」


 それは俺も思った。今からでも遅くはない。


 「——たのめ、ますか?」


 声が擦り切れていた。久しぶりに震わした声帯はひどくしわがれていて、とても自分のものとは思えなかった。それでも彼女に雑音と認識されずにいられたのはこの首に付けているアミュレットのおかげだろう。


 「そうですね、すぐに取ってきますよ」


 ヘルルカはまるでウサギのようにヒュッと姿を消し、すぐに車椅子を持って俺のところまで来た。俺を車椅子に乗せると、彼女はゴロゴロと椅子を押し始める。途中、周囲が不快そうな目で俺を見てきたが、彼女は気にしているそぶりはない。一体なんだと言うのだろうか。


 「ほら、ベランダですよ」


 ヘルルカはあくまで朗らかな口調でそう言うと俺を外へと連れ出した。ベランダというだけあって外へ出ると遮るものは何もない。ただ、目の前にあるのは、異常に曲がった都市と曲線が目に見えてわかるガラスの天井、そしてその先の広大無辺な宇宙だった。


 都市が曲がっている、と言ったがそれはあくまで見方の問題で、スロープ状の地面の上に都市と工業地帯が並んでいた。比率で言えば工業地帯の方が多い。工業ブランチ、とか言っていたから、いわゆる工業都市なんだろう。


 問題は宇宙が空いっぱいに、ガラス越しに広がっていることだ。曲線の窓越しに星々が、赤茶けた大地に青い大地が広がる巨星が一際大きく広がっていた。——それはあってはならない光景だ。


 「は?」


 どういうことだ?火星のテラフォーミングが起こっている?あと500年はかかるって話じゃなかったか?俺は500年も寝ていた?そんなわけがない。あの病室の生命維持装置は見事なものだったが、あんな機械で500年も生き永らえるわけもない。


 じゃぁ宇宙を漂流していた時に冷凍保存でもされていた?500年間ずっと、宇宙を漂っている中、寒冷な宇宙を漂っていた中で自然と?ありえない。俺が着ていた作業着はおろか、世界最高レベルの船外作業着でも100年間、宇宙に放置すれば摩耗して機能しなくなる。


 ありえないことだらけだ。言語、外の景色、ヘルルカの言っていたことも何もかも。少なくとも22世紀末でさえ人類は宇宙の外に居住用の大規模都市を作ることは月と一部の小惑星にしか作っていないはずだ。


 「言ったじゃないですか。あなたは宇宙を漂流していた、と。言ってませんでしたか?ここはスポット15-ブランチ5だと。まさか宇宙を漂流していたのに宙域マップを知らない?いや、そんな。え?」


 ヘルルカ自身もわからない、と眉間に皺を寄せた。彼女の反応が多分この時代では普通なのだろうが、俺からすればやはり違和感だらけだ。まだ完全フルダイブのVR世界にいます、と言われた方がまだ納得できる。実際はそうなんじゃなかろうか。


 それが逃避とわかっていても理解が追いつかない。なんで、なんで、と思いが浮上してくる。常識の外、埒外の光景はどうやら容易に俺の思考を麻痺させてしまったらしい。


 「せっかく声が出せるようになったんです。詳しく、色々と聴かせたもらいましょうか。あなたを信用するために」


 そう言うヘルルカの口調にさっきまでの朗らかさはなく、深く、強い語気を秘めていた。彼女の蒼い瞳が言葉の強さとは裏腹に冷たくなっていき、まるで自分が死地にいるかのように感じられた。


✳︎

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